最近祈れていないという人に…「チョイノリ」のススメ

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こんにちは!グレースシティの結実です。

夏本番の8月に入りましたっ!毎日とんでもない暑さですね。
8月はコミグルなどのミニストリーがお休みになるので、ブログの定期更新もお休みになっております。

しかしBUT!!

神様との交流もお休みにして良いというわけではありませんよっ!

グレースシティでは5月末から、「心と宝 ― 祈りの生活」というのメッセージシリーズで、祈りについて取り上げてきました。7月にはディボーションセミナーも2回行われました。メッセージを聞き逃したという方はこちらからどうぞ。

・良い祈りとはどんな祈りか?
・自己中心的な祈りとは?
・イエスに学ぶ模範的な祈りとは?

などなど、さまざまな祈りについて触れました。

でもよく、「なかなか祈る時間が取れない」というお声を耳にします。
毎日忙しく生活していると、あっという間に一日が過ぎたりして、祈ることを忘れていることすら忘れることって多いですよね。

そんな人にオススメしたいのが「チョイノリ」です。

チョイノリ(・・?
確かそんな名前の原チャリありましたよね(笑)

ここでいうチョイノリは、

ちょいと祈る=チョイノリ

のことです。

おやじギャグかよー( ゚Д゚)とか言われそうですが、忙しい毎日の中ですさまじい力を発揮する祈りの方法です。

例えば、朝起きたとき、「おはよう神様!今日の日をありがとう!」と祈る。
電話がかかってきたとき、「神様共にいてください!」と一声。
苦手な同僚と話しをしなければならないとき、「ジーザス、ヘルプミー!」と一瞬祈る。
ベビーが泣きじゃくったとき、「優しく接することができますように」とひとこと。

すると不思議。

ちょっとした人との関わりの中で、ちょっとした生活のいちシーンで、神様が共にいてくれることを感じられるんですね。

その時起こったことへの自分の中での反応が、ワンクッション置かれるというか。少し柔らかく受け取れるのです。

祈りの体勢といえば、
ひとりイスに座って、聖書を前に、手を組んで目をつぶることを思い浮かべますよね。

もちろんそういう祈りの時間も大切です。

でも、それだけが祈りではありません。

生活の中で一声神様の御名前を呼ぶ、「チョイノリ」も立派な祈りですよ。

神様はじっくりと捧げる祈りも喜ばれますが、チョイノリだってきちんと聞いておられ、私たちに必要なものを与えてくださります。

じっくり祈りを1週間に1回しか捧げないより、チョイノリを一日10回したほうが、神様との関わりは濃密だと思いませんか?

皆さんもこれからはチョイノリを取り入れて、神様と楽しい夏をお過ごしください~(^^)/

イエスと自分らしさとコミュニティと。

こんにちは!グレースシティのさとみです。
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タイトルに出したこの3つ、〈コミュニティ〉 〈自分らしさ〉 〈イエスの存在〉 について、最近よく思い巡らすことがありました。
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人間であるわたしたちには、生きた年数分の記憶があり、それを振り返る時、周りにどんな人がいたか、彼らから何を言われたか、あるいは何を一緒にしたかという思い出が必ず蘇るものだと思います。
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自分にとっていい思い出だったなぁということが思い起こされる時、いい出会いや、人とのいい関係性が必ず存在していたことに気付きます。
そして個性を尊重し合い、お互いに魅力的だと思える友人や家族、上司や取引先、部下の存在がどれほど素晴らしい益を人生にもたらしてくれたかを思うと、出会いを含めた〈コミュニティ〉という居場所はとても大切であると思わされます。
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しかし大人になってそのような居場所を求めると、少しばかり幻想的になりがちではないでしょうか。何か自分が無理をしなくても「自分らしくいられて」、「居心地がよくて」、「受け入れてもらえて」、「時に刺激的で」、「尊重し尊敬し合える」コミュニティというのは、実在するのでしょうか。
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数年前、ありのままでいいんだよ、あなたらしいありのままが素晴らしいんだ、という風潮がありましたね。(アニメの歌がものすごく流行ったのは時代を物語っていたからですね)
しかし、わたしたちのありのままは、神が似せて造った者であるにもかかわらず、自分が思う以上に罪に染まった汚れた存在です。
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ありのままの自分を認めて欲しいという気持ちは、自分(エゴ)が中心(神)でありたいという願いに近いのかもしれません。
この、ありのままの罪だらけの人間(一人一人)を唯一愛し、罪という性質から救うために、神様は愛する子であるイエスキリストを十字架につけました。
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わたしたちは、誰もが自分らしさを表現できるコミュニティを求めます。
それ自体は大切なことだと思います。
けれど、イエスキリストの十字架の死が、わたしたちの罪のために成されたことだと信じる人にとって、もっとも大切なのはありのままの自分らしさや、それに見合ったコミュニティを追い求めることではなく、聖書のみことばにあるキリストの生き方と彼の性質を追い求めて生きていくことであると聖書は語ります。
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そうすれば、必ず、絶対に、〈本当の自分らしさ〉が造りかえられ、その中にキリストの性質が輝きだすのだと。そしてそれほど素晴らしく、生きがいのある人生はないとパウロというキリストの弟子は何度もあらゆる町の教会へ手紙を書き送っています。
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そしてだからこそ、ありのままの罪だらけを許された者として、互いに愛し合いなさい、と彼は熱心に訴えました。そこに、キリストの義なるコミュニティが生まれるからと。
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わたしが今までに経験してきた素晴らしいコミュニティは、人間関係の摩擦が確実に生じていました。その時は苦しい時期であっても、人と人がぶつかり合うことで削られ、磨かれ、痛い思いをしながら不要な自分のプライドが暴かれたりそがれていく。
その経験は、まるでダイヤモンドを研磨する工程のようだと思ったものでした。嫌悪感を抱いていた相手に正直にぶつかると、その人の知らなかった輝きが見出されるのです。
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イエス様は今も生きていて、わたしたちがこの輝きを見出すまでの、忍耐と信仰を新たに与え続けてくださる唯一の方です。
そして聖書のことばによって、わたしたちは、神様の意思(心)をいつでも訊くことが出来る特権があります。
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願わくは、グレースシティの一人一人が、教会を通し、神の真実なるコミュニティをこれから後、何度も経験されますように。そしてキリストの強固なコミュニティとして神様が、わたしたちを立て上げてくださいますように。
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8月いっぱいはお休みとなりますが、ぜひ!まだ経験されたことのない方や、お休み中の方はまたいつでも、グレースシティのコミュニティグループへご参加ください^^。
↓ コミュニティグループって? ↓

 

 

HOPE – お弁当プロジェクト

HOPEミニストリーの中のお弁当プロジェクトに参加しています、みねです。

お弁当プロジェクトでは、皇居外苑にいるホームレスの方にお弁当を差し入れしています。

現在は、お弁当と飲み物を60セットと、いくつかの日用品を用意して皇居外苑周辺を歩いて回っています。差し入れするだけの時もあれば、話を聞いたり、芝生に座って一緒にお弁当を食べたりする時もあります。最近は、お名前を教えていただくことが増えてきて、お名前を呼んで挨拶できるのが嬉しいです。


お弁当プロジェクトが始まったきっかけ

お弁当プロジェクトがスタートしたきっかけは、教会のイベントで東京駅周辺を歩いて東京のために祈るPrayer Walk(プレイヤーウォーク : 祈りの遠足)でホームレスの方の存在に気づいたことだそうです。


お弁当プロジェクトの目的  –  隣人を愛して、必要に応える

お弁当プロジェクトの目的は「隣人を愛して必要に応える」ということで、イエス様の性質が表されることです。イエス様は人との対話を通じ、それぞれの人の状況に応じて必要なことをご存知です。お弁当をもって話をしに出かけます。

あなたがたのうちのだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹になるまで食べなさい」と言っても、からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。

ヤコブの手紙2章16節


お弁当プロジェクトはどのように準備しているの?

私がお弁当プロジェクトに参加し始めたのは、2011年の大震災後からです。最初は月1回のプロジェクトでしたが、2014年から月2回になりました。

お弁当ってどうやって準備しているのかという事を時々質問されます。お弁当プロジェクト全体の準備についてご紹介したいと思います。思い浮かぶ言葉は、ヒト、モノ、話題、天気、お金です。


人 – ヒト

お弁当を必要としている方が何人いるのか、お弁当を渡すのを手伝って下さるボランティアが何人いるのか、当日に行ってみないとわかりません。参加するたびにドキドキしますが、教会に行くときの気持ちに近いかなと思います。何度もボランティアをして下さっている方々とは事前に連絡を取り合える環境に感謝し、神様に祈ってさらにどんな賜物をもった人を送って下さるのかに期待します。


物 – モノ  :  お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運ぶか?

お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運んでいるか? 正直、これにはリーダー達がかなりの時間と労力をかけて取り組んでいます。私個人は、神様に知恵を求めながら、リーダー達やボランティアの方々と段取りを工夫して実践していくことに面白さを感じます。東京の便利さを思うのもこの時です。これまでに、集合場所までお弁当を配達してくれるお弁当屋さんがあるとか、コンビニで飲み物を予約できることなどの知恵が与えられました。

2016年に、セカンドハーベスト・ジャパンとつながる事ができ、お弁当をご提供いただけるようになりました。

お弁当
セカンドハーベストからご提供いただいているお弁当
お弁当セット
配布用にお弁当と飲み物をセットにして、ボランティアが運びます

セカンドハーベスト・ジャパンへお弁当を受け取りに行き、飲み物と一緒に袋に詰めます。(写真上) 飲み物を電車やタクシーで運んだり、インターネット通販を利用したりとこれまで様々な工夫をしながら変遷してきました。

日用品は献品いただいたり、献金で購入したりしています。一人が預かると一度に運びこめないなど、必要に応じて集合場所に運ぶための課題があり、毎回、知恵と工夫を祈り求めています。


話題

ホームレスの方々と話しをしているうちに、困っていて解決したいことなどを耳にするときがあり「今度○○さんに会ったら、助けになる情報提供をしたい」と思うことが多くあります。たとえば、体調が悪いときに病院に行く方法や生活保護を受ける方法などです。

認定NPO法人ビッグイシュー基金が編集・事務局をしている路上脱出ガイドの存在を知ってからは、必要に応じて渡したりしていますが、自分でも読むと勉強になります。路上脱出ガイドに出ている様々なNPO法人のセミナーがあれば私自身も参加し、お弁当プロジェクトの他のリーダー達やボランティアの方々と情報共有をしています。

より多くの人が神様の愛を知り、福音が伝わる様にと祈りながら、時には、聖書の御言葉や、教会の礼拝の日程案内を印刷して持っていきます。ボランティアの方も時々自主的にその様な資料を持ってきてくださいます。


天気

天気の準備(?)というとおかしいですかね。雨でもお弁当プロジェクトは開催しますが、お弁当を配布する側も、受け取る側も大変です。お弁当プロジェクトの日が近づいてくると、天気予報をこまめに見ては、神様に祈りながら、お天気のことを相談しています。


お金

教会の献金の予算内におさまるよう、やりくりをして月単位で管理しています。お弁当を無償でご提供いただけるので、日用品を買う事ができるようになってきました。日用品を下調べして、違う日に買いにいくと安くなっているという経験もあり、神様の恵みを感じます。

できるだけ多くの方の必要に応えるために、衣類についてはできるだけ献品をお願いしています。靴下や靴などは、3ヶ月ほどで使い切ってしまうため、需要が高い日用品です。


 

お弁当プロジェクトに参加しながら、私が感じている事は、ヒトからヒトへモノを渡すだけの一方通行ではないということです。励まそうとして、逆に励まされます。準備が不十分でがっかりさせてしまったときは、神様の前で、みな罪人である事を再認識します。お弁当プロジェクトへの参加がきっかけの一つとなり、進むべき道を見つけたボランティアの方々もいます。会社と家の往復だけで、それまでは近所づきあいをしていなかった私が、日常的に「○○さんはお元気かな?」とホームレスの方々を思いめぐらすようになりました。

何年後かにこの活動がどうなっているとよいか、リーダー達と話し合うことがあります。

キーワードとして、カフェ、シェルター、聖書の学び、礼拝などが登場します。

これからも、様々な教会とつながりながら運営していけるようにと願いつつ、神様がどのように働いてくださるのか、期待しながら祈っています。

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにおられるのだから。ヨシュア記 1章 9節


お弁当プロジェクトの開催日と継続的な必要

お弁当プロジェクトは毎月第一、第三土曜日に開催しています。

ボランティアとして参加して頂く場合は12時5分に丸ビル1F丸キューブに集合しています。お気軽にご参加ください。1回だけだと、よくわからないうちに終わってしまうかもしれませんが、3回もしくは、月1回のペースで行ってみるなど、継続的に参加していただくと、お弁当プロジェクトの意義を体験できるかもしれません。

お弁当プロジェクトのリーダーを募集しています。今、現在、お弁当プロジェクトのリーダーは2名だけですので、足りない状況です。ぜひ、お祈りください。

献金によりサポートしていただくこともできます。

ご不明な点がありましたら、こちらにご連絡ください。

詳細 : www.gracecitychurch.jp/obento

 

誰かや 何かのために 祈る

こんにちは^^!グレースシティのさとみです。

ちょうど一ヶ月前、お天気が最高の日に祈り会のメンバーで、プレヤーウォークを行いました。

月に一度、第一礼拝前に行っている祈り会を、コアメンバーとしてリードしている4名と牧師、宣教師、全6名で皇居の周りをぐるりと一周歩きながら、東京のあらゆることについて、お祈りしました。

改めて、この教会が置かれている東京のど真ん中は、文字通り日本の心臓のように、休むことなく動き続けている大切な地域であるということをより一層理解しました。

政治・経済・マスコミ・文化・芸術・金融・教育・学業・歴史・伝統…と上げ出したらきりがないほど重要な機関が網羅されています。(同時に、東京や日本の具体的な現状について、無知な自分にもたくさん気付かされました!汗)

この日は最高に祝福され、楽しい交わりも与えられ、充実した時間を過ごすことが出来て本当に感謝でした。なので、早く教会のみなさんとも一緒に行いたいと願っています^^。

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さて、東京について祈る中でわたしが思い起こしたのは、アブラハムの切なる祈りでした。創世記18章16節-33節。

この箇所は、アブラハムが神を畏れへりくだり、自分の小ささゆえに神を信頼して懇願する心が浮き彫りにされています。これは、現代のわたしたちがどのように自分以外の人や物事のために神に(とりなして)祈るべきか、具体的に書かれている箇所でもあります。

簡単にこの箇所をさとみ訳として解説させていただくと、(聖書をお持ちの方はぜひ、聖書を開いてみてくださいね)

人の姿としてアブラハムの前に現れた主(神様)は、アブラハムの甥の住んでいるソドムとゴモラという堕落し尽くした町がどんな状況なのか確かめに行く、とアブラハムに告げます。するとアブラハムは「あなたは本当に正しい者を悪い者と一緒に滅ぼしつくされるのですか?」と問い、正義なる神へ訴えかけます。

「その町に正しい者が50人いたら?その50人のためにその町をお赦しにならないのですか?」アブラハムが聞くと、主はこう答えられます。「もし、わたしが50人の正しい者を町に見つけたら、その人たちのために、その町全部を赦そう」。

そしてアブラハムが訊ねるこの人数は、「正しい者が45人いたらどう?」「40人いたら?」「30人いたら?」「20人いたら?」「10人いたら?その町全部を赦す?」と交渉するかのように続きます。

神を心底おそれつつ、しかし妥協せずに食い下がるアブラハムに対して、その人数ごとに「滅ぼさないよ。その正しい者たちのために」と主は一回一回お答えになります。

このやりとりは、アブラハムが神様に対して、「どうかあの町を、滅ぼさないでください」と願い求め、アブラハムの切なる祈りに神である「主」が受け答えているように見えます。しかし会話に入る前の17-19節にはこうあります。

『「主はこう考えられた。「わたしがしようとしていることを、アブラハムに隠しておくべきだろうか。(略)…わたしが彼を選び出したのは..(略)..正義と公正とを行わせるため、主がアブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである」

神である方がわざわざアブラハムにこれからご自分のしようとしていることを明かしているところに、主の憐れみ深さを感じます。

そして、崩壊寸前の町のために、弁護し、とりなして祈るという特権を神の側からアブラハムにお与えになっていることにも驚きます。
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なぜなら、全知全能であり、世界を支配する王である方は、誰に何も言わず、あるいは誰かに頼らずにどんなことでもお出来になる方であり、行われていいはずなのですから。
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主はアブラハムの信仰(ご自分との関係)を試されたのかもしれません。
同時に、アブラハムの祈りを導き、主は引き出してくださったのです。
そして、一生懸命に主にとりなし、心から人々のために祈るアブラハムの心を、純粋に喜ばれたのではないでしょうか。
アブラハムの主を大いにおそれ慕う純粋な信仰の美しさと、神に対する粘り強い忍耐に励まされる、大好きな聖書箇所です。
(アブラハムが祈る時に表現する言葉に注目!なので、ぜひ聖書を開いてみてくださいね^^)
そして祈りは、神様との関係を深めること、粘り強く訊き続けること、それ以上に聖霊と御言葉を通して、もっと神からの御声を聴くことだと教えられます。
わたしはこの聖書箇所を読んでいた時、アブラハムは愛されているなぁと思いました。
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わたしたちキリスト者は、神に選ばれ愛された者であり、神によって義とされた者たちです。
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ですから、アブラハムのように愛されている者として、へりくだって神の御前に出て、まだイエスを知らない人々のために、粘り強くそして大胆に、共に祈っていきたいと願っています。
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義人の祈りは働くと大きな力がある ヤコブの手紙5:16
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*祈り会は、毎月第3週目、12時から開催しています^^。ぜひ、お越しください〜。

「主がともにおられた」

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こんにちは^^。グレースシティのさとみです。

前回のブログにて、ロンドン&シンガポール短期宣教チームメンバーから来日のご挨拶がありましたがお読みいただけましたか^^?
わたしは、この日本へキリストの福音を分かち合うために来日してくださっている彼らの心を本当に嬉しく思うと同時に、主のご計画は恵み深く、素晴らしいなぁと毎年思わされています。

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なぜなら、彼らが自分の貴重な時間、お金、忙しい仕事の休みをとって(準備の時間もとって、)まるで特別な仕事の出張にでも来たかのように真剣にそして喜んでイベントやミーティングに参加して下さっているからです。決して、ホリデーといった類の優雅なスケジュールではありません。

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本日は、そんな彼らと過ごした一時をほんの少しですが分かち合いたいと思います。(主観がメインでごめんなさい)
昨夜は六本木と表参道コミュニティグループの合同の会として、ロンドンからのメンバーをお迎えし、「人生のフラストレーション〜成功と誘惑〜」というテーマをみんなで考えました。
聖書箇所は創世記39章1-23節。(主人に信頼されているヨセフという男性が、その主人の妻から言い寄られ(誘惑され)、それを強く拒んだことから逆に妻の虚言により陥れられて、牢屋に入れられてしまうストーリーです。)

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福田牧師からショートメッセージが語られた後、成功について神様がどんなふうに何を教えてくれたかという経験を2人の方が分かち合って下さり、その後ディスカッションとなりました。
成功とは何でしょうか?という問いに対して出やすい答え、お金や地位や評判、安定などは世が計りやすいものの一つであり、それはまた魅力的でもあります。しかしキリストを信じる者として、成功とは何かを考えるとき、それは多くの場合人々に認知されず、華やかな結果ではない場合が多いのかもしれません。また一見すると自分の望んでいた結果ではないこともあるかもしれません。

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多くの人々は、善悪よりも損得で物事をはかり、自分やその周囲により利益の出る見込みの高い物を好みます。それが多少悪であっても、得を取りたいと思うものではないでしょうか。そしてそのような思想が著しく文化や経済を発展させたという恩恵的な一面もあると歴史は語ります。しかしこの聖書箇所(と続き)では、誠実さを貫くことの重要性とその真実なる報いがあらわれています。まさに貧乏くじを引きつづけているようなヨセフの悲惨な人生ですが、その中にでさえ「主はともにおられた」と聖書は何度も繰り返します。

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キリスト者であるわたしたちが得やすい感情ですが、「神様…やっぱりわたしの祈り聞いてくれてないっ?!」と思ったとしても、確実に「主はともにおられ」、常にはたらかれているという畏敬を、もっともっとこのみことばを通して味わう必要があると思わされます。
後にヨセフの人生には大逆転が訪れますが、その摂理はイエスキリストの十字架の死と復活によって完全にあらわされました。

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一昨年、わたしはSALTのメンバーだったのですが、4月に行われた最初の会でメンバーに向けて福田牧師からのメッセージが印象的だったことを覚えています。
「これからの働きの中で、失敗して恥ずかしい思いをすることもあるでしょう。あるいは努力したことが報われないまま、誰にも理解されないで出来損ないのようなレッテルを貼られてしまうこともあるかもしれません。例えば決めたことを途中でやめて、諦めて逃げた弱虫だと言われるかもしれません。でも大丈夫ですよ。イエスがいつも共にいますから。彼はみなさんを決して見放さない。また彼は、最低最悪を経験された唯一の方です。そしてみなさん以上にみなさんそれぞれの性格や経験を彼はご存知ですよ。ですからどうぞ恐れずに、大胆に失敗してください。それがみなさんの、主にある特権です」

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この特権という宝の、持ち腐れをしてないかな?と振り返る時間となりました。キリストの逆転の法則に与ることのできる幸いを、大いに喜び感謝して、約束されたこの「成功の人生」を、歩みたいと励まされました。(それはわたしにとって簡単ではないことも告白します…)
そして一人帰りながら、今来てくださっているロンドン&シンガポールチームの一人一人を、神様は成功のうちに治めてくださっているのだと感じ、嬉しくなったひと時でした。

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彼らの日本滞在の日々を主が大いに用い祝福され、彼ら自身が福音の輝きを改めて見いだす尊い喜びの旅となりますように。彼らが帰国した後、互いに蒔かれた信仰の種が芽を出す喜びをいつか共有できることを願いつつ。みなさんと共にお祈りできれば幸いです。

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主がヨセフとともにおられたので、彼は幸運な人となり、そのエジプト人の主人の家にいた。彼の主人は、主が彼とともにおられ、主が彼のすることすべてを成功させてくださるのを見た。(創世記39章2ー3節)

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平日の夜、28人もの方々がお集まりになりました〜^^!感謝…。

The London (and Singapore!) Team’s 2018 Visit ロンドンチーム来日!

[ ロンドンチームからご挨拶 ]

Greetings from the London Team : English follows after Japanese

みなさん、こんにちは。ロンドンチームのマークです。

今回は6名(ロンドンから5名、シンガポールから1名参加)のチームで日本に行き、短期の宣教活動を行います。グレースシティチャーチ東京の皆さんと一緒に、主のために働くことができるのを楽しみにしています。

「ロンドンチーム」と呼ばれているこのチームは、年一度、春に日本を訪れています。グレースシティチャーチ東京を訪問するようになってから、かれこれ数年が経ちました。

メンバーの中には、過去に出張や旅行、短期宣教チームとして来日した事があるメンバーと初来日というメンバーがいます。メンバーのプロフィールはコチラ

毎回、新しい出会いがあり、日本の兄弟姉妹達と再会し、東京の仲間達と一緒にイエスの福音を分かち合う事ができるのは嬉しい事です。

今年は一週間にわたる「人生のフラストレーション」というミッションウィークをサポートをしてほしいというリクエストがありました。今回のミッションウィークはこれまでに比べて、スケールが大きいですが、各コミュニティグループが少なくとも一つのトークイベントを主催し、企画していると聞いて励まされています。

私たちは、これまでイースター(復活祭)の時期に日本を訪問していたのですが、年度末と年度初めの時期をさけた方が良いという事で、敢えてイースターの2週間後(4月の3週目)という時期にスケジュールを組みました。タイミングとしては、皆さんにとってイベントに参加しやすい時期だという事を想定していますので、お知り合いの方々をぜひイベントに誘って頂けたらと願っています。

福音を恥ずかしがる必要はありません。

私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。ローマ人への手紙 1章16節

ぜひ、勇気を出してご家族、友達、同僚の方を誘ってイベントに誘って参加してください。たとえ、断られたとしても、心配しないでください。神は全ての状況を把握してくださっているので、失敗ではありません。

神が最高の主権者である事実と、この世界を救うための計画は今回、取り扱われる「ヨセフ物語」を通しても見ることができます。このミッションウィークで皆さんは私たちと一緒にヨセフの人生を探求します。グレースシティチャーチ東京に行っている方は、もうすでに創世記に書かれているヨセフの人生に関する聖書の箇所を学んでいると聞きました。ミッションウィークのディスカッションのテーマや課題に関して何かしら耳にしているという事ですので、その準備ができていれば、参加される方々の質問に答える備えもあるという事ですね。

各イベントやランチタイムミーティングで私たちの証しや体験談を分かち合ってほしいと依頼された事も嬉しく思っています。この一週間を通して、この世界における神の福音の計画、誰でも変わる事ができるチャンスがあるという事実を知ることができるでしょう。神は私たちに働いて、誠実になる力を与えてくださり、プライドや誘惑を取り扱ってくださいます。セルフイメージや自分のアイデンティティ、仕事、成功するとはどういう事かに関しての見方も神は変革してくださいます。この課題は、多くの人がどうしたら良いか分からないと思っている課題ではないでしょうか?

ですから、皆さん、ぜひ私たちと一緒にお祈りください。主が日本におられる多くの方々に触れてくださるように。トークやディスカッションイベントに参加する事ができ、人生の問題の解決のためには、イエスの赦しが必要であると目が開かれるように。神の新しいコミュニティの中に入り、神のご計画に沿って生きて行きたいと思うことができるように。

何か事情があって、イベントに来られなかった方とは、私たちが個人的に会えるかもしれません。お知り合いの方をロンドンチームに紹介したいと思っておられる方がいましたら、ランチやお茶をしながら会うことができますので、ぜひ、コチラにご連絡ください。グレースシティのスタッフが私たちのスケジュールを確認して調整してくれます。

ついに明日、4月15日(日)から最初のイベントが始まります!

私たちロンドンチームは、このセッションから参加しますので、教会のために、福音のためにもっと用いられたいと願っている人がいたら、皆さんのアイディアを創造的に広げるよい機会です。ぜひ、ご参加ください。

最後に、お時間がありましたら、ロンドンチームのためにお祈りください。

私たちは毎日、チームミーティングでコロサイ人の手紙を学びながら祈りの時を持ちます。福音によって一致する事ができ、愛をもって喜びながらお互いのために仕えることができるように。全てにおいて満たしてくださる最高のイエスの話に耳を傾ける時に、お互いが励まされて刺激を受けることができるようにも、お祈り頂けますと嬉しいです。

私たちを受け入れるために尽力してくださっている日本の皆さんに心から感謝しています。

ありがとうございます!

明日から皆さんとお会いできる事を楽しみにしています。

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ミッションウィーク イベントスケジュール with The London Team

– Mission Week Events Schedules – 詳しくはコチラ

[ 福音的ネットワーク Gospel Network トーク&ディスカッションイベント ]

4月15日(日)①11:00 – @KDDI HALLロビー  ②17:30 – @南国亭 神田2号店

[ コミュニティグループ イベント ]

4月17日(火)神田 19:30-21:30

4月18日(水)六本木 or 表参道 19:30 – 21:30(予定)

4月19日(木)渋谷 19:30 – 21:30

20th April Fri in Azabujuban 18:00 – 22:00 – English Only

[ 4月21日(土)特別トーク&ディスカッションイベント ]

①月島 13:00 – 15:00  テーマ 「人生の不条理」  *聖書的観点から同性愛についてのディスカッション 定員30名

②神田  15:00 – 17:00  テーマ:「成功と失敗」 定員20名


 

THE LONDON TEAM イベントに関する 申込み & 問合せ


 

Hello everyone. This is Mark from London. Along with six other members of our team (five from London and one from Singapore), we are looking forward to spending ten days partnering in the Lord’s work with everyone at Grace City Church Tokyo.

The “London Team”, as you have kindly named us, has been coming to Grace City Church annually in the spring for several years. As before, the team comprises some who have been to Japan before (on business, on holiday or as part of a past London Team) and some who have not. Every time we visit, it is a joy to make new friends and reconnect with brothers and sisters in Japan as we reach out to Tokyo with the good news about Jesus. Here are the profiles of the team members.

This year, you have asked us to help with a week-long series of evangelistic talks called “The Frustrations of Life”. This is the first time we have worked together on such a large mission. We’re encouraged to hear that each Community Group is backing at least one of the talks and putting in lots of effort to plan them.

The dates for our 2018 trip fall two weeks after Easter. We specifically chose not to come in the week leading up to Easter Sunday as we have done previously, because Easter Week fell during at the end of March and we knew that many non-Christian Japanese people working in Tokyo would not be able to come to events then because of deadlines connected to the close of the financial year.

Therefore, we hope the timing of the trip is ideal for you to invite your colleagues – those you have been working with for a long time, and perhaps even some who joined your workplace at the beginning of April.

Remember that the gospel is nothing to be ashamed of (Romans 1:16), so we pray that you would be bold to invite your family members, friends and work colleagues. Even if people turn down your invitations, don’t worry. You have not failed, because God is still in control of everything.

In fact, God’s unstoppable sovereign rule and plan to save the world are big themes in the life of Joseph that we’ll be exploring together during the mission week. It’s great to hear you’ve been studying Joseph’s story in Genesis at Sunday services recently, because this means that during the discussion times at the mission week events, you will be well equipped to answer questions from those who come along.

We’re really grateful that Grace City Church has asked us to give our testimonies at these events and at the midweek lunchtime talks too. Over the course of the week, we’ll hear about how God’s gospel plan for the world makes it possible for anyone to be transformed – how it empowers us to live with integrity and deal with pride and temptation, and how it changes the perspective we have on our identity, our jobs and what it means to be successful. These are topics that many people want guidance on, so please pray with us that the Lord would bring many Japanese people to hear the talks and open their eyes to their need to accept the Lord Jesus for forgiveness and be brought into God’s new community, wanting to live in line with God’s plan.

If for any reason someone who you invite to a talk cannot come, we would love to meet them over coffee or lunch. Please ask the Grace City Church staff about slots during the week when you can introduce your friends to the London Team.

And don’t forget that this Sunday 15 April at 11.00am, before the first service, we’re helping lead a session on supporting gospel work. Come along if you want to think creatively about how you can partner more effectively as a church family in backing gospel projects.

Finally, if you have time, please pray for the London Team – that we’d love and serve one another sacrificially and be united in the gospel, and spur each other on as we hear about the sufficiency and supremacy of Jesus in our daily Colossians team study and prayer time.

Thank you for the hard work you have already done preparing for our arrival. We look forward to seeing you soon.

You can find the MISSION WEEK EVENTS SCHEDULES from here.

「わたしの恵みは、あなたに十分である。」

 

DSC00632       📷イスラエルのガリラヤ湖畔。

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

コリント人への手紙2、12:9

こんばんは。グレースシティのさとみです。

昨日はバレンタインでしたね^^♡みなさんはどんなバレンタインを過ごされましたか?

今日は、最近様々な出来事のたびに思い巡らせている御言葉と、バレンタイントークで再度思ったことを分かち合いたいと思います。

大人になってバレンタインの思い出話を友人の男性陣から聞くと(日本の習慣では、女性が好きな男性にチョコレートなどをプレゼントします)、

「もらって困った」とか「欲しかったものと違った」とか「お返しを考えるのが苦痛」など、贅沢なお悩み経験を持ち出す人が結構いるなぁというのが率直な感想です。苦笑

事実、わたしたちは自分が欲しい物ではない物を与えられたとき、「え、これじゃないんだけど…?」と、送り主の気持ちも思いやらず、少し残念に思ってしまう傾向があるのではないでしょうか。あるいは、「これは要らないから代わりにあれが欲しい!」と無茶なことを願ったりもします。

では、最高の創造主であり、時間や空間さえ支配する王であり、慈愛の父である神は、「間違い」や「不要なもの」を与える方なのでしょうか?「お返し」を求める方でしょうか。答えはもちろん否です。

そのように、自分の「正解」や「必要なもの」が手に入らず思い通りにならないことがあるからこそ、わたしたちは神を求め、同時に、そのように求める弱い自己と深遠なる神の存在を認め得るのではないでしょうか。

約2000年前、イエス様が世に現れたとき、彼は御父である神の御性質を語られ、多くの奇跡をあらわし、ご自身が預言にある世を救う贖いの子羊であると宣言されました。

しかし、多くのユダヤ人は「世(自分たち/国)を救う王なる方がこんなみすぼらしいわけがない」などの理由でイエスを拒みました。

自分たちのイメージする理想や、こうあるはずだ、という概念にとらわれていたせいで、神様の最高のプレゼントであるキリストを喜ぶことができませんでした。

キリスト者として、わたし自身が思い違い、陥りやすいことは「わたしの理想を達成させてもらえること(/願いが叶えられること/欲しい物を与えられること)が、神様からの祝福である」という思考です。(どなたが読んでいるかもわからないのに、これを告白するのは恥ずかしいのですが)

しかし、弱さを益とし働かれる神の存在を大きく認め、恵み深い神と共に歩むことこそが、祝福であると聖書は語っています。しかも神様のなさることは、小さなわたしがぼんやりとモノクロで描き計画する事柄よりもはるかに色鮮やかで、立体的です。そして、歩み始めてみると、それは自分らしく在れる生き方なのだと、思わされます。

わたしたちがお返ししたくても仕切れないほどの、大スペクタクルな神様の愛と恵みはもしかすると多くの場合、人間の目から見ると最初は「違う/要らない」と思うものなのかもしれません。

わたしたちの理想や強い願望といった偶像の罪が、神様の真意を見えなくさせていることがあるからです。

イエス様が、神様からの最高のプレゼントであり、彼の存在と十字架での贖いが最も自分に必要だということを受け入れたとき、みるみるうちにわたしの人生には平和が訪れました。それはまるで、正体不明の不治の病の病名が罪という名前なのだと明らかになり、完治する手段まで知らされたようなものでした。

わたしたちをこの罪から解放しただけではなく、絶対的な王である神の栄光を求め喜ぶ者へと作り変えつづける神様は本当にすごい方だなぁと日々思わされています。

いつも十分にわたしたちを満たし、わたしたちの弱さを用いてくださる、イエスキリストに、今日も栄光がありますように。

しかし、主は、「わたしの恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現われるからである。」と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。

コリント人への手紙2、12:9

主の恵みは朝ごとに新しい

こんにちは^^!グレースシティのさとみです。
新年が明けてから早くも2週間が経ちましたね。
新年を迎えるとき、多くの人が「こんな一年だったらいいな」「こんな一年にしよう!」と希望を抱くものですが、みなさんはいかがでしょうか。

わたしが今年の一番はじめに思ったことは、「主の恵みは朝ごとに美しい(哀歌3:17-25)」という御言葉と、「明けましておめでとうございます」という言葉の共時性についてでした。

日本のお寺では大晦日(12/31)に「除夜の鐘」を鳴らします。「除」という言葉の意味は、古い者を捨て、新しいものを迎えるという意味があります。一年の最後であり新年を迎える日となる大晦日は「除日」とされています。

除夜の鐘は108回鳴らすのですが、それは人間の煩悩(苦悩)やこの世界の闇を清める意味があるそうです。
そしてその闇が明け、清い世となり新しい朝が来たことをお祝いする言葉が
「新年、明けましておめでとうございます」なのです。

この言葉をじっくり振り返る時、キリストを信じる者としてこのような祈りが与えられました。「神様は大昔も今日も、まっさらな新しい朝を日ごとに用意してくださった。"今日"、新しく注がれる主の恵みに気づける心の目と、神様を第一に信頼する心をお与えください」と。

状況や心境が憂鬱な曇り空であっても、わたし個人のそれとは関係なく、朝陽よりも眩しく輝く神様は、その曇ったわたしの心を一新に照らし、晴れやかにさせる御力があるのだと思わされます。

この一年、いや毎日、毎瞬(←放っておくとすぐ神を忘れて自分本意になる身勝手な人間なので)、曇り空の隙間から覗く光を信じて、むしろ隙間さえなく嵐の中にあっても、その向こう側には太陽をはるかに凌駕した輝きを持つイエス様がいつもおられることを喜び、聖霊によって目を上げて歩んでいきたいと願っています。

2018年、みなさんは神様に何を願い、何を祈りますか…^^

17私のたましいは平安から遠のき、私はしあわせを忘れてしまった。18私は言った。「私の誉れと、主から受けた望みは消えうせた。」と。19私の悩みとさすらいの思い出は、苦よもぎと苦味だけ。20私のたましいは、ただこれを思い出しては沈む。21私はこれを思い返す。それゆえ、私は待ち望む。22私たちが滅びうせなかったのは、主の恵みによる。主のあわれみは尽きないからだ。23それは朝ごとに新しい。「あなたの真実は力強い。24主こそ、私の受ける分です。」と私のたましいは言う。それゆえ、私は主を待ち望む。25主はいつくしみ深い。主を待ち望む者、主を求めるたましいに。 哀歌3:17-25

※上の写真は、わたしがイスラエルにいた時に撮ったガリラヤ湖をのぞむ夕陽です^^。(朝陽じゃなくてすみません…笑)

2018年がはじまりました!聖書通読日課について

新年、あけましておめでとうございます!
グレースシティのMOMOKOです。今年もどうぞ、よろしくお願いします。

Theme2018_new_year

新しい年が始まるタイミングで、今年はこんな事ができたらいいな、あんなことを実践したいな〜などと、あれこれ新しいアイディアが頭の中をかけめぐりますよね。私も、今年こそは!と思うことが沢山あります。もっと色々な人や物事に丁寧に関わっていきたいと願ってスタートしましたが、もうすでに、毎日の勢いに押し流されそうな雰囲気…。自分の弱さを目の当たりにしながら、じっくりと考える時間を確保する事が重要だと思わされています。

グレースシティでは、今年から聖書を通読できるカレンダー(聖書通読日課)が公開されました。このスケジュールでいくと、平日に旧約聖書1章、新約聖書1章、詩篇1篇がスケジュールされています。平日が忙しくても、週末にとり戻すことができます。

Devotional_Calendar2018

1年間で新約聖書を全部、詩篇を2回読む事ができます。旧約聖書は3年間をかけてじっくり読みます。

2018年の1月1日から、マルコ、創世記、詩篇を1章づつスタートしたので、やってみることにしました。
聖書の言葉を毎日読むと、日常の中でグルグルしている事がリセットできたり、リフレッシュできたりします。詩篇は何をどのように祈ったらいいか分からない時に、祈りの助けになります。

世界情勢に暗い影が見え隠れしている時にこそ、不安な時にこそ、不安定な波に飲み込まれそうな時にこそ、詩篇を読むと、神が共にいてくださるという確信と一緒に、希望に向かう方向性が見えてきたりします。

イエスと共に過ごす黙想の仕方(ディボーション)については、過去に福田先生がシリーズで話してくださいました。ディボーションノートなどもあるので、参考になります。

ディボーション | イエスとの出会いシリーズ(2014年)のアーカイブ

日常がバタバタしていて、じっくりと聖書を読む時間がとれない日があっても、週末があるので、何とかなる量なので助かります。とりあえず、目標を高くしすぎずに、進んでいきたいと思う、新年の今日この頃…

みなさんも、聖書通読日課ぜひ、いかがですか?

今年も様々な変化がある年になりそうですが、期待しながら過ごしていきたいですね。

皆様の上に、たくさんの祝福がありますように!

 

祈りのよろこび

こんにちは。グレースシティのさとみです。
今日は11月7日に開催された祈り会での御言葉をこのブログでも分かち合いたいと思います。
毎月第2日曜日、グレースシティでは1部礼拝と2部礼拝の間の時間(14:30~15:00)に祈り会を行っています。​
​​教会のミニストリーや、様々な必要について具体的な課題を上げ、みんなで祈る時間を共有します。どなたでもご参加いただけますので、ぜひ一緒に祈りましょう!(途中参加・途中退席も大丈夫ですよ^^)次回の開催は、12月10日ですので、どなたでも気軽にお越しくださいね。詳細はコチラ
さて、今日お分かちする御言葉は、わたしが最初に覚えた大好きな聖句です。クリスチャンになったのはほんの数年前ですが、こんな風に生きていきたいと、キラキラした期待を抱いたことを覚えています。

しかし実際には、貧困や災害、病気、金銭トラブル、最愛の家族の急死など、受け入れるには難しく、苦悩の最中に置かれたとき、このみことばを実践する信仰の不思議や難しさを経験するのではないでしょうか。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。

1テサロニケ人への手紙5:16-18

これは使徒パウロがテサロニケの教会へ書き送った手紙ですが、パウロ自身の人生を考えてみてもその困難と殉教への日々を思うと、いつも喜び、すべてのことに感謝することなど不可能と言わざるを得ません。またパウロは、ピリピ人への手紙4章4節で「いつも主にあって喜びなさい。もう一度言います。喜びなさい。」と言っています。この時彼は獄中にいました。24時間監視されながら生活することは相当のストレスがあったと思います。そうした中にあっても彼は喜びに満ち溢れていました。

…なぜでしょうか?

その答えは「主にあって」です。彼の置かれていた状況を見たら、決して喜ぶことなどできず、まさに理想論でしかありません。しかし彼は、神であるキリストがどんなときにも最善を成してくださることを固く信じていたからこそ、心から喜んでいたのです。

また、1テサロニケ5章18節。「キリスト・イエスにあって」とあります。

感情の生物である私たちが、起きる出来事に関係なくいつも喜んでいることは、到底できません。 喜びを失い、感謝を忘れてしまう出来事がたくさんあるのがこの世だからです。しかし、逆境の中にあっても、もし自分の考えや思いに流されることなく、キリスト・イエスを信頼するなら、喜び感謝することができるのです。 なぜなら、神はご自分の愛する子であるイエスに十字架という当時の極刑であった罰を受けさせることで、私たちが自分の罪によって受けるべき刑罰から解放してくださったのですから、イエスを通した祈りを決して無にされるわけはないのです。

いつも喜び、すべてのことに感謝するためには祈りが欠かせないのだと思います。この祈りこそ、いつも喜び、どんなことにも感謝できる秘訣です。祈りは信仰を支える土台であり、信仰を養う要であり、神様との対話であり、神と私達を結び、つなげる絆です。

「祈り」は、ご利益や願いを連ねるものではなく、どんな心の思い煩いも含んでいます。私自身、キリストを通して神様に自分の心の中を話し、何でも聞いていただいているのだという実感を得た時、状況や環境は変わらないのに、心が静かな平和に満たされ安心したという経験が何度も与えられました。

そして キリストを信じ、それが確信になっていく歩みの中で、「神の子」としての新しいアイデンティティが与えられました。このことを深く理解する時、キリスト・イエスにあって、わたしたちの心には喜びと感謝が溢れ出します。ネヘミヤ書8:10にはこうあります。「主を喜び祝うことこそ、あなたたちの力の源である」

冒頭で、私がこのみ言葉を読んだ時、こんなふうに生きていきたいと思ったと書きましたが、聖書はこう語っています。

「これが、キリスト・イエスにおいて、神があなたがたに望んでおられることです」と。

いつも喜んでいるとは、わたしたちの願望であるよりもむしろ、キリスト・イエスにおいて、神がわたしたちに望んでおられることです。イエスを信じる信仰を通して神がわたしたちに真実な​喜びを与えてくださいます。神を信頼し、祈りを続けてい​ると、不思議な喜びや平安と感謝が与えられます。信仰をもって、ともに、神の御前に大胆に近づき、祈っていきたいですね。

いつも喜んでいなさい。絶えず祈りなさい。すべてのことについて、感謝しなさい。これが、キリストイエスにあって神があなたがたに望んでおられることです。