福音的コミュニティ Gospel Community

9月に入り、過ごしやすい季節になってきましたね。
新しいメッセージシリーズ「福音的コミュニティ Gospel Community」が始まりました。

メッセージはオンライン上で聞くことができます。福音的コミュニティとは何でしょうか?
今週のブログ記事は、グレースシティの主任牧師、福田真理先生が書いてくださいましたので、ぜひ、ご一読を!


 

「福音的コミュニティ」 

ぼくがクリスチャンになった大きなきっかけの一つは、教会に「高校生会」があったからです。「おい!マコト。高校生になったら毎週土曜日にやってる高校生会に来いよ。待ってるからな!」何と嬉しい呼びかけだったでしょう。同世代の仲間たちが聖書を一緒に学んだり祈ったり、恋愛や将来の人生について考えたり、「コーヒーハウス」という伝道パーティーやコンサートを開いたり、キャンプにも行きました。たまには羽目を外してバカなこともしたものです。悔い改めてイエスの福音による赦しを経験しました。

このようなコミュニティは思春期や青春時代の若者だけに必要なものでしょうか?とりわけ都市部では人間関係が希薄になりがちで、人生をともに歩んでいく信頼と愛とアカウンタビリティのあるコミュニティは育ちにくい傾向があります。子どもたちは十分なケアがなされず、年配者たちは忘れ去られて孤独になり、働く世代は長時間におよぶ過剰労働のために忙しくて疲れ果てています。学校生活でも成績や進学のために絶えず競争にさらされ、おまけにいじめのプレッシャーに恐れおののいています。

評論家の加藤周一はこのような現代社会の特徴を「競争的集団主義Competitive Groupism」と呼んで次のように言っています。「みんなが同じようなことをして、同じような意見を持つことが理想で、少数意見は望ましくないのですが、集団内外において競争が激しいのです。ですから、一緒に同じようなことができない場合には、「村八分」と言って仲間から追い出されてしまいます。一見仲が良いように見えながら、実は互いに競争していますので、表面的には一致しているようで、本当はコミュニティ内部では争いや問題が絶えないのです。」

聖書によれば、どんな世代の誰にでも福音的なコミュニティが必要なのです。それゆえ神は「教会」と呼ばれるキリストの福音によって形成されるコミュニティを与えてくださいました。それは、私たちが福音的なコミュニティにおいて、イエス・キリストの恵みを経験して、聖書に啓示されている生けるまことの神を知り、人生の目的と価値を学び、互いの人生に貢献し合って励まし合い、弱さや苦しみを担い合い、イエスの福音を宣べ伝えて「神の国とはこんなものですよ」とあらわすためです。

そのようなコミュニティなしには、神がいかなる方であるのか実際的に知ることは難しく、キリストの福音の意味や深さを理解して成熟することもままならないでしょう。そもそも三位一体の神は永遠に一体的なコミュニティであり、この神を知るのに最も良いのはクリスチャンの共同体を通してなのです。それゆえ、どの世代のいかなる人も、人生の負け組も勝ち組も、イエスの家族と言える福音的なコミュニティを必要としているのです。

とは言え、このような愛と信頼とアカウンタビリティのあるコミュニティは、どのように築いていくことができるのでしょうか?それが問題です。現代の市場原理は、個人主義と消費至上主義を生み出して、コミュニティの役割や力を競争と利己主義へと変容させてしまいました。人生の幸せはより多くの質の高いものを手に入れることとされ、個人の自己実現が最高の価値あることとみなされる傾向があります。

それだけではなくより伝統的な集団主義も生きていて、周りの空気を読んでそれに合わせることにより人々に認められることで、安心や平安を得ようとする傾向も根強いものです。その結果自分のアイデンティティや各自の人生の固有の情熱や希望は失われやすく、空しさや虚無感、あきらめムードが蔓延しています。東京大学社会科学研究所の「希望学プロジェクトによれば、「働き方とライフスタイルの変化に関する全国調査」において「自分の生活や仕事に希望がある」と答える割合は、2007年は55%、2014年は37%まで下がっているそうです。将来に希望を持てない人々が、確実に増え続けています。

それゆえ、グレースシティでは是非とも福音的なコミュニティの再生に取り組みたいのです。イエスが幸せで美しい永遠に一体的な三位一体のコミュニティを離れて、罪や悪、偽りや欺き、利己主義やねたみ、怒りや憎しみにあふれた私たちの世界にやって来て、ご自分のすべての良きものを犠牲にして私たちに与えてくれました。普通私たちは利己的で信用できない悪いコミュニティを抜け出て、愛と信頼に満ちた麗しいコミュニティに入りたいものですが、イエスは全く逆のことをしてくださったのです。

このようにご自分を犠牲にして、私たちの人生とコミュニティを優先してくれたイエスの福音こそが、コミュニティ再生の唯一のカギです。イエスの愛と赦しの福音をあなたの心で受け入れ、変えられた心で、誰もが互いにコミュニティに仕えてみましょう。福音的なコミュニティ作りは一朝一夕では成し遂げられません。イエスにより頼み、聖霊の助けを得て、悔い改めと信仰をもって精力的に取り組んでいく必要があります。あなたの時間を隣人との相談のために与えたり、忙しい仕事の合間を縫って一緒に聖書を読んだり祈り合ったり、もちろん楽しいことを一緒にしたりする必要があります。何より福音の喜びを分かち合い、互いの弱さや重荷を負い合いましょう。

「互いの重荷を負い合いなさい。そうすればキリストの律法を成就することになります。」ガラテヤ人への手紙6章2節

「わたし(イエス)はあなたがたに新しい戒めを与えます。互いに愛し合いなさい。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたの互いに愛し合いなさい。」 ヨハネ福音書13章34節

9月のメッセージシリーズ 「福音的コミュニティ」はコチラ

8月のメッセージシリーズ 「素晴らしい神」はコチラ

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