結婚について

グレースシティの礼拝では3回シリーズで結婚について学んでいます。最終回になる8月6日(日)の礼拝では結婚をめぐるQ&Aセッションも行ないます。ぜひ、ご参加ください。

(以下は結婚について考えるための簡単なイントロダクションです。テーマ : 結婚シリーズの動画、エペソ人への手紙5章21-33節(聖書)はこちらからご覧いただけます。)

結婚marriageには神秘mysteryと誤解misunderstandingがあります。どちらかといえば、独身の人たちは理想や夢を伴う神秘を強調するきらいがあり、すでに結婚している人たちは問題や失敗を生み出す誤解に悩まされているのではないでしょうか。結婚をサポートするブライダルビジネスの市場は2兆7千億円を売り上げるビッグビジネスであり、いかに多くの人たちが、個人的にも社会的にも結婚に大きな期待を持ち高い価値を置いているかが分かります。しかし、その一方で離婚件数は結婚全体の36%に上り、3組に1組以上が離婚し、1分49秒に一組の割合で離婚するのが現状です。そのうち結婚後5年以内の離婚は33%に上り、離婚原因の60%以上が「お互いの性格が合わない(性格の不一致)」というありふれた理由によるものです。

このような現実が意味しているのは、そもそも結婚の意義や目的などのヴィジョンが十分に共有されていないこと、夫婦の間で男性と女性の違いを寛容に受け止める準備ができていないこと、また相互理解やコミュニケーションの方法やスキルに熟練していないことなどがあげられます。しかも、結婚についてその意義や目的を学んだり、十分な準備をするための結婚前カウンセリングなどがほとんどなされていません。牧師として結婚前カウンセリングを通常8回に渡って行いますが、これまで何組もの両者ともにクリスチャンでないカップルの結婚前カウンセリングを行ってきました。非常に大きなブライダル産業が発展しているのにもかかわらず、本質的な結婚の準備は全くおろそかにされているというアンバランスは危機的でさえあると言えるでしょう。

そのようなわけで、聖書から結婚について学ぶことは、クリスチャンにとって意義深いだけではなく、クリスチャンでない方々にとっても非常に有益だと思います。

「それゆえ男はその父母を離れ、妻と結び合い、ふたりは一体となるのである。」(創世記2章24節)

神は私たちの祝福と安全のために結婚という制度を定めました。ひとりの男とひとりの女は、誠実な約束によって一生涯に及ぶ契約を結び、お互いにそれぞれの時間や賜物やお金やすべての資源を喜びをもって互いのために与え、キリストが示した豊かな愛をもって仕え合うことにより成熟していきます。これが神秘的でさえある結婚です。

しかし、現代の私たちは、できるだけ犠牲を払う必要のない、自分の人生に満足をもたらす自己実現を相手に求める傾向があります。現代社会の消費市場主義に慣れ親しんでいる私たちは、結婚に関してさえワンクリックで何でも手に入る手軽で重宝な結婚関係を求めてしまいやすいのかもしれません。私たちは欠点と弱さを持つ罪人ですから、それではうまくいきません。

結婚にも、キリストの福音の恵みによる悔い改めと信仰による霊的な刷新が必要なのです。夫と妻は自分たちの違いを寛容に受け止めるだけではなく、その違いが生み出すプライドや過ちや失敗を謙虚に認めて悔い改め、キリストの十字架の愛のゆえに互いに赦して支え合う必要があります。そのような歩みは祈りながら忍耐強く取り組む以外にはありません。神の恵みは結婚にも豊かに注がれているので、そのようなカップルは絶えず新しい望みをもって歩むことができるでしょう。

そして、夫と妻の関係がキリストの福音によって成熟していくなら、だれもが結婚関係に想像できないほどの豊かな祝福を得ることができます。聖書が語っている「助け手」「従う」「愛する」という3つのキーワードに注目しましょう。聖書には次のような結婚の教えがあります。

「神である主は仰せられた。人が、ひとりでいるのは良くない。わたしは彼のために、彼にふさわしい助け手を造ろう。」(創世記2章18節」

「妻たちよ。あなたがたは、主に従うように、自分の夫に従いなさい。…夫たちよ。キリストが教会を愛し、教会のためにご自身をささげられたように、あなたがたも、自分の妻を愛しなさい。」(エペソ書5章22,25節)

自己実現を最優先しがちな現代の私たちにとって、助け手であることや従うことを告げる聖書の教えは時代錯誤的だと感じるものです。しかし、キリスト教は結婚に関しても、人生の根本問題である自己中心を取り扱うようにチャレンジしているのです。「助け手」として配偶者の弱さ、欠点、足りない部分を補いサポートすることは、互いの関係を豊かにすることでしょう。「従う」ことは相手を尊敬し、自分のことよりも配偶者を優先することであり、「愛する」ことは互いに相手の幸せと喜びのために、自分の時間、賜物、お金、能力を与えることです。これはなかなか難しいことですから、キリストの福音による赦しと和解の恵みにより頼みましょう。独身者が結婚相手を探すときにも、すでに結婚した夫婦の関係においても、最も大きな妨げとなる問題は私たちの内にある自己中心性なのです。それゆえ、神の愛とキリストの十字架の赦しのもとで安らぐことを覚えましょう。福音の恵みに安らうときに、あなたの心は解き放たれて安全であり、愛されているので、あなたは自分の幸せと自己実現のために必要以上に相手に求めないで済むようになるからです。むしろ、満たされた心から周りの人に仕えたり、配偶者に対して尊敬と愛を与えることができるようになるのではないでしょうか。

著者 : 福田 真理  (グレースシティチャーチ東京 主任牧師)

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7月23日(日)キリストにある結婚(1)

7月30日(日)キリストにある結婚(2)

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