最近祈れていないという人に…「チョイノリ」のススメ

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こんにちは!グレースシティの結実です。

夏本番の8月に入りましたっ!毎日とんでもない暑さですね。
8月はコミグルなどのミニストリーがお休みになるので、ブログの定期更新もお休みになっております。

しかしBUT!!

神様との交流もお休みにして良いというわけではありませんよっ!

グレースシティでは5月末から、「心と宝 ― 祈りの生活」というのメッセージシリーズで、祈りについて取り上げてきました。7月にはディボーションセミナーも2回行われました。メッセージを聞き逃したという方はこちらからどうぞ。

・良い祈りとはどんな祈りか?
・自己中心的な祈りとは?
・イエスに学ぶ模範的な祈りとは?

などなど、さまざまな祈りについて触れました。

でもよく、「なかなか祈る時間が取れない」というお声を耳にします。
毎日忙しく生活していると、あっという間に一日が過ぎたりして、祈ることを忘れていることすら忘れることって多いですよね。

そんな人にオススメしたいのが「チョイノリ」です。

チョイノリ(・・?
確かそんな名前の原チャリありましたよね(笑)

ここでいうチョイノリは、

ちょいと祈る=チョイノリ

のことです。

おやじギャグかよー( ゚Д゚)とか言われそうですが、忙しい毎日の中ですさまじい力を発揮する祈りの方法です。

例えば、朝起きたとき、「おはよう神様!今日の日をありがとう!」と祈る。
電話がかかってきたとき、「神様共にいてください!」と一声。
苦手な同僚と話しをしなければならないとき、「ジーザス、ヘルプミー!」と一瞬祈る。
ベビーが泣きじゃくったとき、「優しく接することができますように」とひとこと。

すると不思議。

ちょっとした人との関わりの中で、ちょっとした生活のいちシーンで、神様が共にいてくれることを感じられるんですね。

その時起こったことへの自分の中での反応が、ワンクッション置かれるというか。少し柔らかく受け取れるのです。

祈りの体勢といえば、
ひとりイスに座って、聖書を前に、手を組んで目をつぶることを思い浮かべますよね。

もちろんそういう祈りの時間も大切です。

でも、それだけが祈りではありません。

生活の中で一声神様の御名前を呼ぶ、「チョイノリ」も立派な祈りですよ。

神様はじっくりと捧げる祈りも喜ばれますが、チョイノリだってきちんと聞いておられ、私たちに必要なものを与えてくださります。

じっくり祈りを1週間に1回しか捧げないより、チョイノリを一日10回したほうが、神様との関わりは濃密だと思いませんか?

皆さんもこれからはチョイノリを取り入れて、神様と楽しい夏をお過ごしください~(^^)/

イエスと自分らしさとコミュニティと。

こんにちは!グレースシティのさとみです。
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タイトルに出したこの3つ、〈コミュニティ〉 〈自分らしさ〉 〈イエスの存在〉 について、最近よく思い巡らすことがありました。
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人間であるわたしたちには、生きた年数分の記憶があり、それを振り返る時、周りにどんな人がいたか、彼らから何を言われたか、あるいは何を一緒にしたかという思い出が必ず蘇るものだと思います。
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自分にとっていい思い出だったなぁということが思い起こされる時、いい出会いや、人とのいい関係性が必ず存在していたことに気付きます。
そして個性を尊重し合い、お互いに魅力的だと思える友人や家族、上司や取引先、部下の存在がどれほど素晴らしい益を人生にもたらしてくれたかを思うと、出会いを含めた〈コミュニティ〉という居場所はとても大切であると思わされます。
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しかし大人になってそのような居場所を求めると、少しばかり幻想的になりがちではないでしょうか。何か自分が無理をしなくても「自分らしくいられて」、「居心地がよくて」、「受け入れてもらえて」、「時に刺激的で」、「尊重し尊敬し合える」コミュニティというのは、実在するのでしょうか。
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数年前、ありのままでいいんだよ、あなたらしいありのままが素晴らしいんだ、という風潮がありましたね。(アニメの歌がものすごく流行ったのは時代を物語っていたからですね)
しかし、わたしたちのありのままは、神が似せて造った者であるにもかかわらず、自分が思う以上に罪に染まった汚れた存在です。
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ありのままの自分を認めて欲しいという気持ちは、自分(エゴ)が中心(神)でありたいという願いに近いのかもしれません。
この、ありのままの罪だらけの人間(一人一人)を唯一愛し、罪という性質から救うために、神様は愛する子であるイエスキリストを十字架につけました。
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わたしたちは、誰もが自分らしさを表現できるコミュニティを求めます。
それ自体は大切なことだと思います。
けれど、イエスキリストの十字架の死が、わたしたちの罪のために成されたことだと信じる人にとって、もっとも大切なのはありのままの自分らしさや、それに見合ったコミュニティを追い求めることではなく、聖書のみことばにあるキリストの生き方と彼の性質を追い求めて生きていくことであると聖書は語ります。
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そうすれば、必ず、絶対に、〈本当の自分らしさ〉が造りかえられ、その中にキリストの性質が輝きだすのだと。そしてそれほど素晴らしく、生きがいのある人生はないとパウロというキリストの弟子は何度もあらゆる町の教会へ手紙を書き送っています。
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そしてだからこそ、ありのままの罪だらけを許された者として、互いに愛し合いなさい、と彼は熱心に訴えました。そこに、キリストの義なるコミュニティが生まれるからと。
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わたしが今までに経験してきた素晴らしいコミュニティは、人間関係の摩擦が確実に生じていました。その時は苦しい時期であっても、人と人がぶつかり合うことで削られ、磨かれ、痛い思いをしながら不要な自分のプライドが暴かれたりそがれていく。
その経験は、まるでダイヤモンドを研磨する工程のようだと思ったものでした。嫌悪感を抱いていた相手に正直にぶつかると、その人の知らなかった輝きが見出されるのです。
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イエス様は今も生きていて、わたしたちがこの輝きを見出すまでの、忍耐と信仰を新たに与え続けてくださる唯一の方です。
そして聖書のことばによって、わたしたちは、神様の意思(心)をいつでも訊くことが出来る特権があります。
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願わくは、グレースシティの一人一人が、教会を通し、神の真実なるコミュニティをこれから後、何度も経験されますように。そしてキリストの強固なコミュニティとして神様が、わたしたちを立て上げてくださいますように。
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8月いっぱいはお休みとなりますが、ぜひ!まだ経験されたことのない方や、お休み中の方はまたいつでも、グレースシティのコミュニティグループへご参加ください^^。
↓ コミュニティグループって? ↓

 

 

教会のことがよくわからない!という方のためのQ&A集

教会のことがよくわからない!という方のためのQ&A集

どうも、グレースシティの雄児です!

私はかれこれ10年近くクリスチャンをやっていますが、実はノンクリスチャンの家庭で生まれ育ち、大学を卒業するまで、クリスチャンとは無縁の生活を送っていました。大学卒業後、英国へ留学した際にキリスト教という存在に初めて本格的に触れ、興味を持ち始めましいた。しかし、興味本位で教会ものぞいてみたいな~と思いつつ、「いやいや、試しに教会なんて行ったらそのままクリスチャンになることを強制させられるに違いない…(((( ;゚д゚)))」などと妄想を膨らませて、なかなか教会に足を踏み入れることができませんでした。あの時、もっと教会の実情について知っていれば、変な妄想を膨らませることもなかったのに。。。などと思うことがあります。そこで、今回のブログでは、私が教会に興味を持ち始めた際に知りたかったことを、Q&A方式でまとめてみました!キリスト教や教会に興味はあるけど、教会に行くのはちょっと怖い。。。なんていう方に何かしらご参考になれば幸いです。(なお、一口に教会と言っても本当に千差万別なので、答えの内容はグレースシティーチャーチ東京の場合です)

 

Q1:教会ってどういうことをやっているんですか?
A1:主にみんなで祈ったり、賛美歌を歌ったり、牧師さんの説教を聞いたり、というようなことをしていますね。全体で大体1時間半くらいですが、もちろん途中で入退室も気軽にできます。あとは、礼拝が終わった後、お茶なども用意してありますので、それらを飲みながら立ち話などすることが多いですね(もちろん強制ではありません!)

Q2:教会には主にどういう方がいるんでしょうか?
A2:教会によってかなり違いますが、当教会では、20代~30代の社会人の方多いですね。もちろん、年齢制限などございませんので、どなたでもウェルカムです!

Q3:やっぱり、教会に行ったらクリスチャンになるようプレッシャーをかけられたりするんでしょうか。。。?
A3:これが私、一番心配だったんですよ。結論から言いますと、そのようなことはありませんので、ご安心ください!( *• ̀ω•́ )b ☆もちろん、当教会には、キリスト教についてもっと知りたい、という方には協力を惜しまない人ばかりですが、無理やり信仰を強制することや、何やらプレッシャーめいたことをお話しすることもありません。個人的にも、ノンクリスチャンの時にいろいろな教会を回りましたが、そのようなプレッシャーを感じたことはありません。ご安心ください(*´▽`*)

Q4:興味があるのでのぞいてみたいんですけど、なんか自己紹介させられたり、他の人たちとお話をしなければならないんでしょうか?
A4:過去に私が行った教会のいくつかでは、初めて行った時に受付みたいなところで名前を書かされ、礼拝の最中におもむろに、

牧師さん「今日は新しくお見えになった方がいらっしゃいますね。雄児さんです!ひとこと 自己紹介をどうぞ!( ̄∇+ ̄)

私 「え?えっと、あのその…(´・ω・`)」

なんてことが結構ありました。私も苦手なんですよね~こういうの。当教会では、初めての方に盛大に自己紹介をお願いすることはございませんので、その点ご安心ください(・ω・)ノ。また、礼拝の最中に、「平和の挨拶」といって、5分ほど皆さん席を立って挨拶などを交わす時間がありますが、もちろん無理にお話しする必要はございません。

Q5:教会に行くと、「献金」をもとめられるらしいのですが、やっぱり払わないとだめですか?
A5:礼拝中に献金箱というものが回ってきますが、これは入場料のようなものではありませんので、自分のところに回ってきたら、隣の方に華麗にスルーしていただいて全く問題ありません!

Q6: 本当にただの興味本位で伺っても大丈夫ですか?
A6: 教会にいらしていただいたからと言って、何らコミットメントが発生するわけではありません!本当に、ちょっとキリスト教って興味がある、教会ってどんなことやっているだろう?みたいな方ももちろんウェルカムです!私も、教会に行った最初のきっかけは、教養として、キリスト教について知ってみたいな~、という感じでしたから。

 

いかがでしたでしょうか?教会に興味を持っているけど、行こうかどうか迷っておられる方に、何かしらご参考になれば幸いです。少しでもご興味のある方は、ぜひお気軽にグレースシティーチャーチ東京までお越しください!お待ちしております(^^)/

心と宝のレポート Heart & Treasure Report

みなさんこんにちは。グレースシティのMomokoです。

最近、グレースシティチャーチでは「心と宝のレポート」というものが月に一度、発表されています。それが何かという事を知っておられる方も、知らない方もいらっしゃるかと思います。一言でいいますと、いわゆる”会計報告”です。

なぜ、会計報告を「心と宝のレポート」と呼ぶことにしたのでしょうか?会計担当のアンディ・ユーさんが分かち合ってくださった内容を、ダイジェスト版で紹介させて頂きます。とても興味深い内容が語られていますので、ぜひお楽しみください。

Hello Everyone

This is Momoko from Grace City. We’ve started to share our Heart & Treasure report recently. Why do we call our finance report the Heart and Treasure report? Andy Yoo, our finance team leader explains more about this in a report he shared with us – I hope you enjoy it!


心と宝レポート by アンディ・ユー

Heart & Treasure Report by Andy Yoo  * English follows after Japanese

教会の経済状況に対して、神の家族である私たち皆が一緒に責任を負っていく必要があります。そのためには、会計が透明性を保ち、説明責任を果たす必要があります。

2018年4月から「心と宝レポート」という、「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」というマタイ6章21節の御言葉から、毎月グレースシティチャーチ東京の会計報告をしていきたいと思っています。

この会計報告のテーマは「心と宝」であり、それはマタイ6章19節〜21節から来ています。

自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。マタイの福音書6章19〜21節

私たちが何にお金を使うかというのは、実はとても重要なことです。なぜなら、私たちがお金を使う所には、あなたの心の中にあるものを大きく反映しているからです。 たとえば、ある人の銀行口座を見ると、この人がどのような心を持っているかという事を、何にお金を使っているかによって知ることができます。 イエスは、あなたの宝物やお金を一時的なものではなく永遠のものに投資することについて教えています。 グレースシティチャーチのビジョンは、東京で福音を宣言し、福音を満たすことです。 福音はあなたの人生にとって最も重要なお知らせであり、ニュースです。 このニュースは、私たちの罪が赦されて、キリストによって永遠の命を得ることができるというものです。

私たちはイエスの命という素晴らしい宝物を持っています。その様な素晴らしい良い知らせを伝えるのと同時に私たちは、最終的に捨てる事となる物にお金を費やす傾向があります。 最終的に捨てられるものを買いたいと思うのはなぜだと思いますか? ローマ10章17節によれば、信仰は聞くことから始まり、福音を聞くためには誰かが福音を語って伝える必要があるとあります。グレースシティーに皆さんがお金を投資することは、東京全体にイエスの良い知らせを宣言して、満たしていく事に繋がると望みつつ、確信しています。


 

このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」使徒の働き20章35節

この個所から、神様は気前よく与える心について教えています。私たちは与えるよりも受け取る方が良いという価値観の社会の中で生活しているので、違和感があるかもしれません。幸せな人たちはお金、不動産、その他の財産のような所有物を沢山持っていると思っています。それでは、なぜ聖書は反対のことを教えているのでしょうか?

人がなぜ落ち込むかという心理学の研究のイメージがありますが、最近は、人が幸せになる理由を研究するポジティブな心理学と呼ばれるものがあります。 意外にも、人が幸せになる理由の1つは気前のよさです。与えている人は研究によって与えない人よりも幸せだという結果が出ています。私たちの脳には食べ物とセックスに「喜び」を感じる反応を示す部分があるそうです。 研究者は、人が与えるとき、脳内の同じ「喜び」の部分が反応することを発見しました。 神は、私たちがお互いに与え合うようにと、生物学的にデザインしたようです。 本当に、受け取るよりも与えるほうが本当に良いという事を、2000年前にイエス様が言われました! 天才ですね!みなさんも与えたときに、暖かい感覚を得ることができるか試してみてください。今月、他に与えることを試してみて、何が起こるかをぜひ見てください。

みなさんは、「私にはお金はない」と考えるかもしれません。 気前がよいという事は、お金を与える事を意味するだけでなく、時間、持っているもの、他にも何か与えることができるものがあれば、それらを与えることです。 たとえば、チャリティエイド基金という団体が発表した世界で最も気前の良い国のランキングでは、最も寛大な国はミャンマーです!ミャンマーは経済的に豊かな国ではありませんが、文化的に非常に気前が良い国だそうです。 残念ながら、日本は経済的に豊かな国ですが、世界で114位です。 気前が良いというのは心の問題です。

どうすれば気前の良い心を持つことができるでしょうか? 私たちは、自己中心な人間なので、これは非常に難しい事です。私のアドバイスは、地球上で最も気前よく自分の人生を捧げたであろうイエスを見ることです。 私たちの所得の十分の一を捧げる、もしくは収入の10%を教会に献金するといいます。 しかし、イエス様は私たちに100%を与えました。聖書は犠牲的な愛について教えています。つまり、他者の利益のために何かを失うことです。 犠牲の例でいうと、電車で高齢者に席を譲ることを考えてみてください。 自分の座席を失い、高齢者は座席を得ます。 イエスが自分の人生を失うことによって、私たちは永遠の命を得ることができました。最も気前のよいイエスの心によってです。 単純に気前よくなるための努力をすることはできませんが、もっと深くイエスを知るようになる事が気前よく変えられる事につながります。イエスは私たちの心に触れて、変えてくださいます。

[ 心と宝のレポート 2018 ] 活動計算書 2018年1月 〜 5月

収入合計 ¥ 12,023,648

支出合計 ¥ 12,122,485

2018年1〜5月までの収支 : ー¥98,837円の赤字

2017年 平均週間金額 ¥ 353,175

2018年 平均週間金額 ¥ 322,077

2018年 平均週間献金の必要額は¥50万円 :  一般管理費、宣教伝道費、礼拝関係費など


 

The theme of this report is “Heart and Treasure”, and it comes from Matthew 6:19-21.

“Do not store up for yourselves treasures on earth, where moths and vermin destroy, and where thieves break in and steal. But store up for yourselves treasures in heaven, where moths and vermin do not destroy, and where thieves do not break in and steal. For where your treasure is, there your heart will be also. Matthew 6:19-21

How we spend money is very important because the way we spend money is a reflection of what is in your heart. For example, if you look at someone’s bank statement, you can see what kind of heart this person has by what this person is spending on. Jesus is teaching about investing your treasure or your money in eternal things, instead of temporary things. At Grace City Church, our vision is to proclaim the Gospel to Tokyo. The Gospel is the most important news of your life. The news is about the forgiveness of our sins so that we may have eternal life in Christ.

We have a wonderful treasure in Jesus and spreading His good news, but we tend to spend it on things that we eventually throw away. Why do we want to buy things that we end up throwing away anyways? According to Romans 10:17, faith comes by hearing, and in order to hear the Gospel, someone must tell the Gospel. By investing your money into Grace City, we hope to use your money to spread this good news of Jesus all over Tokyo so that many can hear about the good news.

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Remember the words of the Lord Jesus, how he himself said, ‘It is more blessed to give than to receive.’” Acts 20:35

From this passage, God is teaching us about generosity. This is a bit strange in our culture because we understand that is better to receive than to give. We think that happy people are ones who receive a lot like money, real estate property, and other possessions. So why does the bible teach us the opposite?

The image of psychology is the study of why people are depressed. However, recently, there is something called positive psychology, which is the study of why people are happy. Surprisingly, one of the reasons why people are happy is generosity. People who give are happier than those who do not give according to research. There is a pleasure area in our brain where food and sex respond. Researchers find that the same pleasure area in the brain responds when people give. God designed in our biology to give to each other. It is truly better to give than to receive and Jesus said this 2,000 years ago! What a genius! There is very warm feeling you get when you give so as an experiment, try to give to others this month and see what happens.

You may think, “I don’t have any money”. Generosity does not only mean giving money, but you can give your time, resources, and many others. For example, there is a ranking of the most generous countries in the world released by the Charities Aid Foundation, and the number 1 most generous country is Myanmar! Myanmar is not an economically rich country, but their culture is very generous. Unfortunately, Japan ranks number 114 although Japan is an economically rich country. Generosity is about the heart.

How can we be generous? This is very hard as we are selfish humans. My only answer is to look to Jesus, who is the most generous person to live on the earth. We say to tithe your income. Or give 10%. However, Jesus gave 100% or his whole life to us. The bible talks about sacrificial love, meaning losing something for the gain of others. An example of sacrifice is losing your seat for an older person at the train. You lose your seat, and the older person gains a seat. Jesus lost his life so we can have eternal life, and that is the most generous heart. We can’t simply try hard to be generous, but we can become generous as we get to know Jesus deeper. He will change our hearts.

[ Heart & Treasure Report 2018 ]

Report from Janurary 1,2018 to May 31, 2018

Revenue ¥12,023,648

Expenses ¥12,122,485

Deficit – ¥98,837

2017 Average weekly donations  ¥ 353,175

2018 Average weekly donations ¥ 322,077

Our ideal weekly donations are around ¥500,000 yen per week. 

for General Administration, Mission & Outreach and Worship & Fellowship

グレースキッズ:子ども達と一緒に成長!

こんにちは。子どもミニストリーのグレースキッズの奉仕に携わっている恵美です。

今回はグレースキッズでどんなことをしてるのか、その働きについてご紹介させていただきます。

グレースキッズは神様が賜物として与えてくださった子ども達を、色々なプログラムを通してこの先、キリストの道を歩んでいけるよう導く為の学びの場です。

みなさんが日曜日に教会に来た時、元気に走り回っている子ども達を見かけることがあると思います。その子ども達は毎週日曜日、礼拝の中で親御さんと一緒に賛美をした後、大人のメッセージの時間に、グレースキッズに向かいます。メッセージ以外の賛美や主の祈り、献金や聖餐式などは基本的に親御さん達と一緒に参加して、みんなで主を礼拝できるよう目指しています。

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みんなでピクニック

まずはじめに、ワーシップチームの方と一緒に、みんなで神様に賛美を捧げます。賛美の歌の後は、ジェームスさんやインターン生の剛健くんが子ども達のために、分かりやすい言葉を使いながらメッセージをしてくれます。4月から「成長」という教材を使って子ども達と一緒に御言葉を学び始めました。メッセージの内容は年間のカリキュラムに沿って、聖書の流れをつかめる様な構成になっています。

ただ一方的に話をするのではなく、絵などのビジュアルを取り入れたり、質問しながら、会話をすることで子ども達の集中力が途切れない様に工夫をしてくれています。最近では、ヨセフのストーリを学んでいるときに、兄弟達に奴隷として売られたらヨセフの雇い主が誰なのか?という質問に、“ポティファル!”と元気よく回答してくれた子がいました。前に本で読んだから知ってると話してくれましたが、聖書の内容をしっかりと覚えていることに感動したのと同時に、子ども達の成長のために、一緒に学びをしてくれている親御さんは素敵なだと思いました。

メッセージの後は、それぞれの年齢に応じてメッセージ箇所をより深く学べる様に、3つのグループに分かれて行なっています。小学生以下の子ども達は、聖書に関連する塗り絵をしながら、聖書のストーリーを学んでいます。小学生の中学年と高学年の子ども達はそれぞれ別のワークブックを使い、より深く聖書の内容を学習しています。

この教材の良いところは、ただ聖書のストーリーを読んで質問に答えるだけではなく、聖書箇所にあわせてゲームやクラフトなども取り入れられていることです。クラフトやゲームを通して聖書を学び、子ども達は楽しみながら、真剣に作業をしています。グレースキッズにいる子ども達は絵がとても上手な子ばかりで、自由な発想で思いのままに描かれた絵を見るのが密かな楽しみです。

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イースターのエッグハントで卵を見つけた子どもたち

グレースキッズを通して、私は多くのことを学んでいます。子ども達が使っているワークブックには大人用の教材もあり、主題の背景や何を目標に学ぶかなどのガイドラインに加え、テキストの解説も書いてあるので、子ども達に教えながら、一緒に聖書を学ぶことができています。また、突然、踊りだしたり、ヘンテコな作品を作ったりと自由気ままな子を見ていると、思わず笑顔になります。人からどう思われるかを気にして、夢をみることを諦めたり、他からの評価を気にして自分を制限したりせず、自分らしくいられることは大事だなと感じます。そして、私自身、聖書の知識に自信がなく、子ども達から質問された時に、きちんと答えられないと恥ずかしいし情けないなという思いが強く、不安もありました。しかし、それは自分の“プライド”の問題であるということに気づかされました。子ども達の質問に対してわからないことは、正直にわからないと言えること、そして、子ども達が大人に教える側になることも、子ども達の成長にとって良い経験になるというアドバイスをもらい、自分自身の問題と向き合い始めることができました。

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グレースキッズのクラフトタイム

子ども達は神様からの賜物です。幼い頃からからできるだけ多くの御言葉にふれ、信仰の種を植えることは大切な事です。自分の弱さや過ちを認めつつ、神様により頼み、一緒に歩んでいる姿を子ども達にみせること。言葉で伝えるだけではなく、生活の中で聖書の教えを実践すること。など、普段の生活から始まり、日曜日の教会内での私達、大人達の姿が子ども達に影響力すると思っています。それには子ども達の家族や、奉仕スタッフだけでなく、キリストの家族の内にある皆さんにも一緒に、子ども達の成長を見守っていただけたらと思います。

最後に、子ども達が喜んで参加して、安心して学べる様になる為には、グレースキッズの奉仕スタッフ不足や、リーダーとしてメッセージをしてくれる方の不足、スタッフのトレーニングなどいくつかの課題があります。もし、少しでもグレースキッズに興味を持ってくれた方がいましたら、是非、声をかけてください。一緒に、子ども達の成長の為に仕えてくださる方、大歓迎です!そして、これらの課題や、子ども達の成長の為に、今後のグレースキッズの働きを覚えてお祈り頂けたら嬉しいです。

グレースキッズ  ボランティア募集中 !

グレースキッズに関する問合せはコチラ

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バイブル for キッズ  

7月1日 & 29日(日)

時間 : 第一礼拝後  2:15pm – 3:15pm

場所 : KDDI HALL ナーサリー隣 / エレベーターホールの前

申込みはコチラ       詳しくはコチラ

 

 

料理を通してコミュニティの絆を深めたい ― ジェスロー君に突撃インタビュー!

こんにちは、グレースシティの結実です!(English follows)

最近グレースシティでは、何やら美味しげなフェローシップディナーが行われているとの噂が流れています。
どうやらオランダ出身のジェスロー君が、フルコースディナーを振る舞ってくれる会が定期的に繰り広げられているとか。

プロさながらの調理の腕前を持つジェスロー君。出てくる料理は、やわらか~いお肉に、何を混ぜたらこんなに美味しくなるの?!というソース。トリュフとチーズの載ったパスタに、ワイン。最後には甘いものを食べたい欲を満たしてくれるデザート・・・。

じゅるる!
そんなジェスロー君のディナーパーティーには、長~いウェイティングリストができているのだとか。

ということで今回は、ジェスロー君に詳しく話を聞いてみました!

Q1. ジェスロー君、教会の友達のために素敵なディナーパーティーを催しているみたいだけど。教会に来始めたばかりの新しい人も誘ったりして、既存のメンバーと深く知り合ういい機会になっているみたいだね。いつからそういう会を始めたの?そして何がきっかけで、そんなディナーパーティーを開催しようと思ったの?開催頻度は?

A1. 初めての開催は2月だったな。いくつかインスピレーションを受けたきっかけがあって。1月に、サトシが新宿の土曜コミグルに誘ってくれて、そこではたまにみんなで料理をすることがあるんだよって言ってったんだ。だから彼に、自分も料理が大好きなんだって言ったら、じゃあ何かイベントをしようよって話になって。最初は自分のアパートで集まろうと思ったんだけど、それだと来れる人数が限られてしまう。そんな時たまたま月島のラウザー家の広いリビングを使っていいことになったんだ。

第一回目はみんなすごく楽しんでくれて、だったら定期開催して、毎回違う人を誘ってみようってアイディアが浮かんだんだ。その時初めて、グレースシティのヴィジョンである「4つのG」のことを聞いたんだ。「God、Gospel、Grace、Gourmet(ガッド、ゴスペル、グレース、グルメ)」ってね!

後は、オランダにいた時、牧師夫妻が教会の人たちを招いてバーベキューや簡単なディナーをたまに催してくれていたことを思い出してね。

大概、土曜日で場所が空いている時に開催してる。前は月1だったんだけど、今では場所が空いていて来れる人が集まれば適宜開催してるよ。

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Q2. クリスチャンのコミュニティでは、持ちよりパーティーをすることが多いけど、ジェスロー君はディナーのフルコースを出してるよね。そうすることによってどんな違いが出せると思う?オランダではよくあるスタイルなの?

A2. まず雰囲気が違うよね。持ちよりパーティーだと、シンプルだけど美味しい料理を作ったり持ってきたりすることが多くなってしまう。でもフルディナーコースなら色々遊べる。例えば、あのワインならあの料理と合うなとか、味を引き立てるためにあの食材とこの食材を一緒に使おうとか。

もう一つの違いは、ろうそくで照らされたディナーがロマンチックだとかデートに適しているというように、会話が弾む雰囲気になるんだよね。

オランダでよくあるスタイルかというと、そうではないかな~。オランダでは、10~20人のお腹を満たせてカンタンに作れるものが多いかな。パスタにマッシュポテトにスープとか。僕はたまたまグルメ好きで、レストランで食べられるものが家でも再現できるのか好奇心があるんだ。

Q3. このフェローシップディナーの働きを通して、神の国のどの部分を建てることに貢献できてると思う?聖書の中で、インスピレーションを受けた箇所はある?

A3. より親密なコミュニティかなぁ。仕事でも平日に飲み会があるように、同じ教会で同じものを信じる仲間たちも集まって親睦を深めるべきだね!

特定の箇所は思い出せないけど、イエス様もこういう感じの食事を弟子たちとしょっちゅうしてたはず。最後の晩餐もしかり!あと、グレースシティのヴィジョン・サンデーや説教の中でこんなことを言っていたのが印象に残って。「教会の人々は家族みたいなもの。家族はもっと頻繁に食卓を囲むべき。コミュニティとして、もっと食事を共にすべきだ。」ってね。それを聞いて、「アーメン!」って思ったんだ。

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Q4. このディナーパーティーに参加した人たちに、どんな風に貢献したいと思ってる?教会の外で集まる機会を持つことは、その後の教会生活にどんな影響をもたらすと思う?

A4. 僕は、クリスチャンでいるということは、日曜に教会に行くこと以上のものだと思ってる。もちろん、僕たちは日曜礼拝に参加するように努めているけど、東京にいると、何に対しても時間がないように感じるよね。日曜日でさえ、礼拝の後に仕事に行かなきゃいけない人もいるし、でもそれだと他の人たちとフェローシップの時間を持ちたくても持てなくなる。コミグルも、教会のいろんな人と知り合う機会ではあるけど、コミグルではバイブルスタディに集中するから、コミグル後に一緒に何かをする計画を立てない限り、お互いのことをちゃんと知る機会としては限られているんだよね。お互いのことをもっと深く知り合えば、会話も深まるし、コミュニティとしての絆も深まると思う。

fellowship

Q5. ジェスロー君の料理の腕は・・・ほんとすごいよね!どこで料理を習ったの?今までに作った美味しいものの話とか、料理のアドバイスとかがあれば、教えて!

A5. ありがとう!料理をしようと思ったのは、大学を卒業した後くらいからかなぁ・・・あの時僕はまだ学生用のアパートにルームメイトと住んでた。それで「今は働いててもまだ学食を食べられるからいいけど、ずっとここに居れるわけじゃないんだから、食べ物のこと何とかしなきゃ」と思ってたんだよ。

ちょうどその時に、「食戟(しょくげき)のソーマ」というアニメを見ていて、普段作ってるものよりもワンレベル上のものを作ってみようかなって、インスピレーションを受けたんだ。それで色々ググったら、「The Food Lab」っていうのを見つけたんだ。後は Youtubeで「Gordon Ramsay’s Home Cooking」とか「Gordon Ramsay’s Ultimate Cookery Course」とか、料理系の番組を片っ端から見始めたんだ。料理の腕を磨きたい人がいれば、ぜひおすすめしたいシリーズだね。すごく基礎的なことから高度なことまで色々説明されてるんだ。

料理のアドバイスをするとしたら、作ったことのない料理を試してみたり、色々実験するのを恐れないで!ということだね。レシピを検索してそれ通りに作っても、最初はうまくいかないかもしれない。でも大事なのは、どこで失敗したか学んで、次に生かすこと。

もう一つのアドバイスは、時間をとって良いレストランに行く機会を作ること。味を参考にして、どうやって作ったのか想像してみる。どうやったらこんな味になるのか、何が欠けているのか、自分だったらどうやってもっと美味しく再現できるかとか、色々考えを巡らしてみるといいよ。

最後に、良い料理道具に投資するのを恐れないで!特に包丁ね。僕はいい包丁を手に入れてから、すべてが一段と楽しくなった気がしたから。

Jethro

Q6. 今後、このディナーパーティーはどうなっていくの?今後も開催しつづけると思う?

A6. 導きのままに!7月には月島の場所が使えなくなっちゃうんだけど、サックス夫妻が場所を提供してくれそうで。少人数なら、僕の家で開催することもあるし。でも時間さえ許せば、誰の家でも喜んで料理するよ。

Jethro-with-meal

Q7. 読者のみなさまに、自分に関して知ってほしいことってある?

A7. そうだなぁ、僕が料理が好きな理由の一つとしてあるのは、皿洗いが嫌いってことかな・・・だから、家では自分のために難しい料理を作ることはほとんどしない。しかも、自分だけのために料理するのは、9人のために料理するのに比べて、かなり高くつくしね(残り物も出ちゃうし、大容量じゃないと買えない材料もある)。

あとね、なぜかシーフードはあまり好きじゃないんだな。まぁ何でも質問があったら、個別に聞いてくださいな。

Q8. 最後に、そのパーティーに参加したい人がいたら、どうしたらいい?

A8.日曜日に教会で気軽に声かけて!もし何かイベントを開催するとかであれば、キッチンに広さがあれば喜んで料理するよ。

 

ジェスロー君ありがとう!今後もこのパーティーがどうなっていくか楽しみですね。

私は個人的にジェスロー君のディナーパーティーに参加して、とても刺激を受けました。美味しいものって本当に人を和ませて、幸せな気持ちにさせてくれるなぁと。

インターネット上の誰かが「料理は、食べられる形の愛」と言っていて、とてもお気に入りのフレーズなのですが、ジェスロー君はまさに料理を通してコミュニティに愛を振りまいてくれているんだなぁと思います^^

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Hi everyone, this is Yumi from Grace City Church Tokyo!

Recently in our church, everyone is raving about this secret fellowship dinner parties that smell pretty yummy…It seems that this guy Jethro from the Netherlands has been hosting fun parties that come with delicious full course dinner.

Jethro cooks like a pro. He serves tender meat with some secret sauce that tastes like heaven. Pasta with shredded cheese and truffle, and delicious glasses of wine. Finally, a plate of dessert that satisfies your sweet tooth…drool!

It seems that there’s been a long waitlist for Jethro’s dinner party already.
So, I’ve decided to interview Jethro this time to find out what the heaven is going on!

 

Q1. We heard that you’ve been hosting nice dinner parties for church friends, and also inviting relatively new people at church, serving to provide opportunities for people to sit down and get to know each other better. When did you start it? What inspired you to host such dinner parties? And how often do you host it?

A1. I think it started in February. There were several sources of inspiration; in January Satoshi invited me to the Shinjuku community group on Saturdays and told me they sometimes cook too. Then I told him that I love cooking and we should hold an event at some point where I do the cooking. At first we were going to hold it in my place, but because the amount of people I can invite is limited we ended up using the Lowthers’ place in Tsukishima because the place is temporarily open.

The people really enjoyed it during the first time and the idea was born to repeat this event with different people each time. At that time I heard for the first time about this 4 Gs in GCCT: God, Gospel, Grace, and Gourmet! Well, you know what they say… eat, pray, love. The other thing that inspired me was that back in the Netherlands my pastor and her husband used to invite other church people too for barbeque or simple dinner occasionally.

Generally on Saturdays whenever the place is available, it used to be once a month, but lately just whenever the place is available and if there is enough interest.

Q2. In Christian community, mochiyori(potluck) parties are more common. But you serve like a full dinner course. How do you think it makes difference? Is it a common style in the Netherlands?

A2. I think the atmosphere is different. With potluck parties, you are often limited to making and bringing mostly simple comfort food, whereas in a full dinner course you can go all out thinking of e.g., what wine pairs well with what type of food, how does the ingredients work together to elevate the taste, etc. Yet another difference is, I think there is a reason why a lot of people find candlelight dinners very romantic or fitting for a date — it somehow creates an atmosphere that encourages talking to the other person.

I certainly think it’s not a common style in the Netherlands — they usually make something that is easily cooked for 10-20 people (think of pasta, mashed potatoes, soup, etc.), I just happen to like gourmet food and was at some point curious if it can be recreated at home.

 

Q3. What part of God’s kingdom are you wishing to be building through this fellowship dinner? Are there any verses you were inspired?

A3. A closer community I guess… if people at work during working days have nomikais, there should be no reason why people from the same church or the same religion should not have one!

I can’t really think of a verse, but Jesus had these kind of meals with his disciples pretty often — even the last supper is one of them! And I can still remember at some point that during GCCT Vision Sunday, but also in one of the sermons the following was mentioned: ‘Church people are like family, and family members should eat more often with each other!’ and ‘We should eat more often as a community!’ At that time I thought: ‘Amen.’.

 

Q4. What are you wishing people to take away from these dinner parties? I mean in what way do you think will help people to have such opportunities to meet outside the church?

A4. I think that being a Christian is more than just going to church on Sundays. Of course we do our best to make time to go to the church on Sunday itself, but being in Tokyo, we find ourselves with very little time for everything. Even after church some people still need to go to work, which greatly limits their time to have fellowship with other people even if they wanted to. Small community groups are of course another opportunity to meet other church members, but I think that because those small groups focus more on bible study, the chances of getting to know another person better is still limited unless you plan something afterwards. Once people know each other better, maybe they would feel more inclined to initiate a conversation or anything else, which can in turn strengthen the community.

 

Q5. Your cooking skill is like…wow, amazing! Where did you learn to cook? Please tell us about your masterpiece, and give us a bit of your cooking tips if any 😉

A5. Thank you! The idea of learning to cook came from about when I graduated from university… I was still living in my student apartment with a roommate and thought: ‘Alright, I am now working for the university instead of being student, but the food won’t serve for a lifetime. So why not take it more seriously and do it well while I’m at it?’. At that point I was also watching the anime ‘Shokugeki no Soma’ which inspired me to cook at home beyond the usual stuff I cooked. I dug deeper into on the Internet and found ‘The Food Lab’ and started watching Youtube videos on how to cook and came across ‘Gordon Ramsay’s Home Cooking’ and ‘Gordon Ramsay’s Ultimate Cookery Course’ for those who want to improve their cooking game, I highly recommend watching the series as he also explains the very basic things.

A good tip I would like to give is: Don’t be afraid to experiment or try a dish that you have never made before! You can search and follow a recipe as is and you might not succeed the first time, but the important thing is to learn what you did wrong and improve for the next time. Another thing is to take the time to visit some nice restaurants, taste the food as reference and try to imagine how they made it, what made it special, what was lacking and how can you recreate it or even further improve it. Lastly, don’t be afraid to invest in good kitchen equipment — especially in a good knife. I felt like everything became much more fun once I had a really good knife.

 

Q6. Where is this dinner party going? Are you planning to continue hosting it?

A6. Wherever it will take us! Even though Tsukishima place won’t be available after July, there are already plans to continue beyond that thanks to Sacks who are willing to co-host future events. For events with smaller groups of friends I also started hosting at my own apartment, but I would gladly cook if time permits at anybody’s home.

 

Q7. Is there anything you want our readers to know about you?

A7. Maybe one of the reasons I like to cook is because I don’t like washing the dishes… which is why I rarely cook difficult dishes for myself at home. Not to mention, cooking for only one person is quite expensive (because you usually end up with leftovers or some ingredients can be bought only in bulk) compared to cooking for nine.  Oh and I also don’t like seafood that much for some reason. For any other information, I welcome our readers to ask me about anything they would like to know.

 

Q8. Lastly, how can people reach you if they want to join your party?

A8.Talk to me on Sunday in GCCT or on any other way. If you are organizing an event, I wouldn’t mind cooking as long as the kitchen is big enough.

 

Thank you Jethro! It’s so exciting to see where this dinner party movement is going.

I personally was invited to his party as well, and I was so inspired how much delicious things make people feel relaxed and bring happiness.

My favorite quote from somebody on the internet was “Cooking is an edible form of love.”

I truly think Jethro is bringing love to the community through his love of cooking!

HOPE – お弁当プロジェクト

HOPEミニストリーの中のお弁当プロジェクトに参加しています、みねです。

お弁当プロジェクトでは、皇居外苑にいるホームレスの方にお弁当を差し入れしています。

現在は、お弁当と飲み物を60セットと、いくつかの日用品を用意して皇居外苑周辺を歩いて回っています。差し入れするだけの時もあれば、話を聞いたり、芝生に座って一緒にお弁当を食べたりする時もあります。最近は、お名前を教えていただくことが増えてきて、お名前を呼んで挨拶できるのが嬉しいです。


お弁当プロジェクトが始まったきっかけ

お弁当プロジェクトがスタートしたきっかけは、教会のイベントで東京駅周辺を歩いて東京のために祈るPrayer Walk(プレイヤーウォーク : 祈りの遠足)でホームレスの方の存在に気づいたことだそうです。


お弁当プロジェクトの目的  –  隣人を愛して、必要に応える

お弁当プロジェクトの目的は「隣人を愛して必要に応える」ということで、イエス様の性質が表されることです。イエス様は人との対話を通じ、それぞれの人の状況に応じて必要なことをご存知です。お弁当をもって話をしに出かけます。

あなたがたのうちのだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹になるまで食べなさい」と言っても、からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。

ヤコブの手紙2章16節


お弁当プロジェクトはどのように準備しているの?

私がお弁当プロジェクトに参加し始めたのは、2011年の大震災後からです。最初は月1回のプロジェクトでしたが、2014年から月2回になりました。

お弁当ってどうやって準備しているのかという事を時々質問されます。お弁当プロジェクト全体の準備についてご紹介したいと思います。思い浮かぶ言葉は、ヒト、モノ、話題、天気、お金です。


人 – ヒト

お弁当を必要としている方が何人いるのか、お弁当を渡すのを手伝って下さるボランティアが何人いるのか、当日に行ってみないとわかりません。参加するたびにドキドキしますが、教会に行くときの気持ちに近いかなと思います。何度もボランティアをして下さっている方々とは事前に連絡を取り合える環境に感謝し、神様に祈ってさらにどんな賜物をもった人を送って下さるのかに期待します。


物 – モノ  :  お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運ぶか?

お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運んでいるか? 正直、これにはリーダー達がかなりの時間と労力をかけて取り組んでいます。私個人は、神様に知恵を求めながら、リーダー達やボランティアの方々と段取りを工夫して実践していくことに面白さを感じます。東京の便利さを思うのもこの時です。これまでに、集合場所までお弁当を配達してくれるお弁当屋さんがあるとか、コンビニで飲み物を予約できることなどの知恵が与えられました。

2016年に、セカンドハーベスト・ジャパンとつながる事ができ、お弁当をご提供いただけるようになりました。

お弁当
セカンドハーベストからご提供いただいているお弁当
お弁当セット
配布用にお弁当と飲み物をセットにして、ボランティアが運びます

セカンドハーベスト・ジャパンへお弁当を受け取りに行き、飲み物と一緒に袋に詰めます。(写真上) 飲み物を電車やタクシーで運んだり、インターネット通販を利用したりとこれまで様々な工夫をしながら変遷してきました。

日用品は献品いただいたり、献金で購入したりしています。一人が預かると一度に運びこめないなど、必要に応じて集合場所に運ぶための課題があり、毎回、知恵と工夫を祈り求めています。


話題

ホームレスの方々と話しをしているうちに、困っていて解決したいことなどを耳にするときがあり「今度○○さんに会ったら、助けになる情報提供をしたい」と思うことが多くあります。たとえば、体調が悪いときに病院に行く方法や生活保護を受ける方法などです。

認定NPO法人ビッグイシュー基金が編集・事務局をしている路上脱出ガイドの存在を知ってからは、必要に応じて渡したりしていますが、自分でも読むと勉強になります。路上脱出ガイドに出ている様々なNPO法人のセミナーがあれば私自身も参加し、お弁当プロジェクトの他のリーダー達やボランティアの方々と情報共有をしています。

より多くの人が神様の愛を知り、福音が伝わる様にと祈りながら、時には、聖書の御言葉や、教会の礼拝の日程案内を印刷して持っていきます。ボランティアの方も時々自主的にその様な資料を持ってきてくださいます。


天気

天気の準備(?)というとおかしいですかね。雨でもお弁当プロジェクトは開催しますが、お弁当を配布する側も、受け取る側も大変です。お弁当プロジェクトの日が近づいてくると、天気予報をこまめに見ては、神様に祈りながら、お天気のことを相談しています。


お金

教会の献金の予算内におさまるよう、やりくりをして月単位で管理しています。お弁当を無償でご提供いただけるので、日用品を買う事ができるようになってきました。日用品を下調べして、違う日に買いにいくと安くなっているという経験もあり、神様の恵みを感じます。

できるだけ多くの方の必要に応えるために、衣類についてはできるだけ献品をお願いしています。靴下や靴などは、3ヶ月ほどで使い切ってしまうため、需要が高い日用品です。


 

お弁当プロジェクトに参加しながら、私が感じている事は、ヒトからヒトへモノを渡すだけの一方通行ではないということです。励まそうとして、逆に励まされます。準備が不十分でがっかりさせてしまったときは、神様の前で、みな罪人である事を再認識します。お弁当プロジェクトへの参加がきっかけの一つとなり、進むべき道を見つけたボランティアの方々もいます。会社と家の往復だけで、それまでは近所づきあいをしていなかった私が、日常的に「○○さんはお元気かな?」とホームレスの方々を思いめぐらすようになりました。

何年後かにこの活動がどうなっているとよいか、リーダー達と話し合うことがあります。

キーワードとして、カフェ、シェルター、聖書の学び、礼拝などが登場します。

これからも、様々な教会とつながりながら運営していけるようにと願いつつ、神様がどのように働いてくださるのか、期待しながら祈っています。

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにおられるのだから。ヨシュア記 1章 9節


お弁当プロジェクトの開催日と継続的な必要

お弁当プロジェクトは毎月第一、第三土曜日に開催しています。

ボランティアとして参加して頂く場合は12時5分に丸ビル1F丸キューブに集合しています。お気軽にご参加ください。1回だけだと、よくわからないうちに終わってしまうかもしれませんが、3回もしくは、月1回のペースで行ってみるなど、継続的に参加していただくと、お弁当プロジェクトの意義を体験できるかもしれません。

お弁当プロジェクトのリーダーを募集しています。今、現在、お弁当プロジェクトのリーダーは2名だけですので、足りない状況です。ぜひ、お祈りください。

献金によりサポートしていただくこともできます。

ご不明な点がありましたら、こちらにご連絡ください。

詳細 : www.gracecitychurch.jp/obento

 

誰かや 何かのために 祈る

こんにちは^^!グレースシティのさとみです。

ちょうど一ヶ月前、お天気が最高の日に祈り会のメンバーで、プレヤーウォークを行いました。

月に一度、第一礼拝前に行っている祈り会を、コアメンバーとしてリードしている4名と牧師、宣教師、全6名で皇居の周りをぐるりと一周歩きながら、東京のあらゆることについて、お祈りしました。

改めて、この教会が置かれている東京のど真ん中は、文字通り日本の心臓のように、休むことなく動き続けている大切な地域であるということをより一層理解しました。

政治・経済・マスコミ・文化・芸術・金融・教育・学業・歴史・伝統…と上げ出したらきりがないほど重要な機関が網羅されています。(同時に、東京や日本の具体的な現状について、無知な自分にもたくさん気付かされました!汗)

この日は最高に祝福され、楽しい交わりも与えられ、充実した時間を過ごすことが出来て本当に感謝でした。なので、早く教会のみなさんとも一緒に行いたいと願っています^^。

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さて、東京について祈る中でわたしが思い起こしたのは、アブラハムの切なる祈りでした。創世記18章16節-33節。

この箇所は、アブラハムが神を畏れへりくだり、自分の小ささゆえに神を信頼して懇願する心が浮き彫りにされています。これは、現代のわたしたちがどのように自分以外の人や物事のために神に(とりなして)祈るべきか、具体的に書かれている箇所でもあります。

簡単にこの箇所をさとみ訳として解説させていただくと、(聖書をお持ちの方はぜひ、聖書を開いてみてくださいね)

人の姿としてアブラハムの前に現れた主(神様)は、アブラハムの甥の住んでいるソドムとゴモラという堕落し尽くした町がどんな状況なのか確かめに行く、とアブラハムに告げます。するとアブラハムは「あなたは本当に正しい者を悪い者と一緒に滅ぼしつくされるのですか?」と問い、正義なる神へ訴えかけます。

「その町に正しい者が50人いたら?その50人のためにその町をお赦しにならないのですか?」アブラハムが聞くと、主はこう答えられます。「もし、わたしが50人の正しい者を町に見つけたら、その人たちのために、その町全部を赦そう」。

そしてアブラハムが訊ねるこの人数は、「正しい者が45人いたらどう?」「40人いたら?」「30人いたら?」「20人いたら?」「10人いたら?その町全部を赦す?」と交渉するかのように続きます。

神を心底おそれつつ、しかし妥協せずに食い下がるアブラハムに対して、その人数ごとに「滅ぼさないよ。その正しい者たちのために」と主は一回一回お答えになります。

このやりとりは、アブラハムが神様に対して、「どうかあの町を、滅ぼさないでください」と願い求め、アブラハムの切なる祈りに神である「主」が受け答えているように見えます。しかし会話に入る前の17-19節にはこうあります。

『「主はこう考えられた。「わたしがしようとしていることを、アブラハムに隠しておくべきだろうか。(略)…わたしが彼を選び出したのは..(略)..正義と公正とを行わせるため、主がアブラハムについて約束したことを、彼の上に成就するためである」

神である方がわざわざアブラハムにこれからご自分のしようとしていることを明かしているところに、主の憐れみ深さを感じます。

そして、崩壊寸前の町のために、弁護し、とりなして祈るという特権を神の側からアブラハムにお与えになっていることにも驚きます。
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なぜなら、全知全能であり、世界を支配する王である方は、誰に何も言わず、あるいは誰かに頼らずにどんなことでもお出来になる方であり、行われていいはずなのですから。
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主はアブラハムの信仰(ご自分との関係)を試されたのかもしれません。
同時に、アブラハムの祈りを導き、主は引き出してくださったのです。
そして、一生懸命に主にとりなし、心から人々のために祈るアブラハムの心を、純粋に喜ばれたのではないでしょうか。
アブラハムの主を大いにおそれ慕う純粋な信仰の美しさと、神に対する粘り強い忍耐に励まされる、大好きな聖書箇所です。
(アブラハムが祈る時に表現する言葉に注目!なので、ぜひ聖書を開いてみてくださいね^^)
そして祈りは、神様との関係を深めること、粘り強く訊き続けること、それ以上に聖霊と御言葉を通して、もっと神からの御声を聴くことだと教えられます。
わたしはこの聖書箇所を読んでいた時、アブラハムは愛されているなぁと思いました。
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わたしたちキリスト者は、神に選ばれ愛された者であり、神によって義とされた者たちです。
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ですから、アブラハムのように愛されている者として、へりくだって神の御前に出て、まだイエスを知らない人々のために、粘り強くそして大胆に、共に祈っていきたいと願っています。
 .
義人の祈りは働くと大きな力がある ヤコブの手紙5:16
 .
*祈り会は、毎月第3週目、12時から開催しています^^。ぜひ、お越しください〜。

コミュニティの中の「あなたと私」

こんにちは、グレースシティの隼人です。

今回は長老のジェームス ・ライトさんが執筆してくださいました。

Hello This is Hayato from Grace City Church. Our elder James Write wrote our blog article this week. English follows after Japanese. Please enjoy!


コミュニティ(地域社会)の中の「あなたと私」

The U&I in Community

同僚の一人が私に対して、独り言をよく言うのはなぜかと尋ねたので、こう答えました、「専門家の助言が時々必要になるからです。」と。彼は苦笑いし、私は続けました「答えが見つからない時はいつもこうします」。

自分の内なるカウンセラーに問いかける事が、最も賢明だと考える人は少ないかもしれません。自分自身が成長するためには、話し合い、相談、分かち合い、そして互いに仕え合うことが不可欠です。私たちは結局、社会的な生き物なのです。

聖書の一番最初のページには「われわれに似るように、われわれのかたちに、人を造ろう」(創世記1:26-28)と書かれています。その次の箇所には「人が、ひとりでいるのは良くない。」(創世記2:18)とあります。三位一体という複雑な神学的議論はさておき、神ご自身がコミュニティの中に在り、神ご自身が三位一体の神なのです。愛は、神というご性質(神性)の中で分かち合われ、その愛が我々と共有され、神の愛の中で私たちが成長するには、コミュニティを経験する必要があります。神の一人子が流された血によって、我々が一つになることこそが神の目的なのです。お互いに協力しながら、神の中で一致した心を持つこと。

「それは、父よ、あなたがわたしにおられ、わたしがあなたにいるように、彼らがみな一つとなるためです。また、彼らもわたしたちにおるようになるためです。そのことによって、あなたがわたしを遣わされたことを、世が信じるためなのです。またわたしは、あなたがわたしに下さった栄光を、彼らに与えました。それは、わたしたちが一つであるように、彼らも一つであるためです。」(ヨハネの福音書17:21,22)

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グレースシティチャーチ東京では信仰と仕事について考える機会が多くあります。日本企業が求める高い要求に応えながら、キリストを信じる者がどのように職場で用いられるのか。私たちの人生の中で、どれだけの負担になっているのかを分かち合います。日本のビジネスマンの日常はとてもストレスが多く、仕事や私生活だけでなく、人間関係の中でも厳しい要求を強いられることが多々あります。

ストレスを抱えた夫は、仕事に関する悩みでいっぱいの心で、子どもの世話や家事に負われて途方に暮れている妻のもとに帰ります。年齢を問わず、独身者は空虚な心で誰もいない部屋へ帰ることがあるでしょう。それでも、キリストは互いの重荷を負い合うようにと命じています。互いのために助け合い、他者の必要を満たすことによってストレスは軽減され、心は癒されるのです。人生に可能性を見出し、喜びが生まれます。何よりも、キリストの内にある神の愛が私たちに見いだされ、私たちを通して輝くのです。

「わたしがこれらのことをあなたがたに話したのは、わたしの喜びがあなたがたのうちにあり、あなたがたの喜びが満たされるためです。わたしがあなたがたを愛したように、あなたがたも互いに愛し合うこと、これがわたしの戒めです。人がその友のためにいのちを捨てるという、これよりも大きな愛はだれも持っていません。」ヨハネの福音書15:11-13

私の友人デイビッドが、神のコミュニティについて例え話をしてくれました。天国と地獄の住人達が、神の素晴らしい栄光に満ちた宴会用テーブルに座り食事している姿を思い描いてください。テーブルに座るすべての老若男女が手首をつながれています。右隣、左隣にいる人々の人生が、それぞれ互いに繋がっています。

地獄では他者に全く気を止めず、無我夢中で食べようとします。これにより、食べ物を口に運ぶ前に他の者が妨害し、最終的にはみんなが飢えてしまいます。

天国では、喜んで隣人同士が助け合いながら食べるので、一人一人が満たされます。私たちも自分の事しか考えない時、誰も必要な物を得ることができません。各人がコミュニティの一部として行動し、お互いを尊い存在、また創造主に似た者として、自分自身よりも大切に扱うなら、私たちの必要は満たされます。

神のコミュニティには目的があります。それは神様が私たちに愛を示す数多くの方法の一つです。私たちは社会的な生き物であり、コミュニティを必要とし、愛を切望しています。何にでも同じことが言えますが、コミュニティも一歩間違うと、偶像や部族主義と化してしまいます。しかし、正しく育むことができれば、素晴らしい大きな家族のような親密な存在になりえます。

現代社会では、仕事中心の人生になりがちなのは否めません。結局のところ、仕事によって関係を作り、ビジネスが成り立ち、繁栄しています。しかし、敢えて、自分の周りを見ながら、皆さんに考えて頂きたいのは「その人が何をしているか」が、「その人が何者なのか?」を決定することにはならないという事です。環境、家族、友人、そしてコミュニティは私たちの人格を形成するのに、職業よりも遥かに重要な役割を担っているのです。

仕事について語り合うのは勿論、重要ではありますが、コミュニティの形成に力を注ぐことも同じぐらい大切です。コミュニティこそが、神の一人子や私たちに対する神の愛を体験する事ができる場所であり、根本的な意味でも、人間が人間らしく生きることができる重要な要素なのです。

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The U&I in Community

“It is not good for Man to be alone…”

When my co-worker asked why I talk to myself so much I said, “Because sometimes I need expert advice.” He smirked and retorted, “I do it when I want someone interesting to talk to.”

Very few of us would ever consider our own counsel the wisest. We need to discuss, consult, share, and serve one another in order to grow. We are, after all, social creatures.

On the very first pages of the Bible God says, “Let US make man in OUR image.” (Gen. 1:26-28) and then says “it is not good for Man to be alone” (Gen. 2:18). Without going into a complicated theological discussion on the Trinity, God is community; He is Triune, Three in One. Love is shared within the Godhead, and for us as well, we must experience community to grow in God’s love. It is His purpose that through the life-blood of His Son, we become one. In each other and in Him.

“I pray they will be one, Father, just as you are in Me and I am in you. I pray that they also will be in Us, so that the world will believe that You sent Me. I’ve given them the glory that You gave Me so that they can be one just as We are One.” (John 17:21,22)

At Grace City Church Tokyo, we talk a lot about faith and work — how the life of a believer plays out in the workplace and the high demands that Japanese business ethics can put on us. The life of the Japanese businessman/woman can be very stressful and demanding in professional and personal life as well as to our relationships.

Stressed husbands bring home occupied minds to tired mothers who are at wit’s end with children and errands. Singles, young and old, go home to empty houses with empty hearts. Yet Christ bade us to carry one another’s burdens. In serving one another and meeting one another’s needs, stresses are relieved and hearts are healed. Lives open up and joy blossoms. Most of all, the love of God in Christ is seen in us and through us.

“I have told you these things so that My joy may be in you and your joy may be complete. This is My commandment, that you love one another as I have loved you. Greater love has no one than this, that he lay down his life for his friends.…” (John 15:11-13)

My friend, Dave, gave me an allegory of God’s community. Picture those in Heaven and those in Hell all seated around banquet tables full of the glory of God’s goodness, he said.

Every man, woman and child at each table is chained together at the wrist. Each person’s life undeniably bound to the ones to the right and the left of them.

In Hell, each person is ravenously trying to eat without a thought for anyone else. Because of this, no one is able to reach their own mouth, each person preventing the other from eating and thereby all starving.

In Heaven, everyone is intent to feed their neighbour, thus each person getting their fill.

When we think of only ourselves, no one gets what they need. When we act as community and treat one another as more important than ourselves; glorious beings, images made in the likeness of the One who created us, we are all fed.

There is purpose to God’s community. It is one of the many ways He chooses to show His love for us. We are social creatures; we need community, we crave it. As with all things, if treated wrongly it can become an idol and lead to tribalism. But nurtured, it becomes a larger, extended and wonderful family.

I know it’s easy in modern society for lives to revolve around one’s job. After all, it is how we associate, do business and prosper. But I dare us to look at the lives in motion around us and notice that what we do is not who we are. Environment, families, friends, and community play a far more integral part in our make up than our occupation. We should talk about our occupations, yes, but we must be occupied with community. Community is how we experience God’s love for His Son and for us. And even at the most base level, it is how we become fully human.

ディボーション習慣の作り方

ディボーション習慣の作り方

こんにちは!グレースシティの結実です。
今回は、ディボーション習慣について書いてみようと思います。

最近面白い本を読みました。
Mini Habitsという本です。

著者のステファン・ギーズ(Stephen Guise)さんは、何年も運動の習慣を作ろうとしていたものの、一念発起してジムに通い始めては挫折する、を繰り返していました。

ところがある年の初め、新年の抱負を考えた時に、でかでかとした目標を掲げては挫折するのに疲れていたステファンさんは、ばかばかしいほど小さな目標を立てることにしました。

それは・・・
「1日1回腕立て伏せをする」

そんなの新年の抱負と言えるのか!というほど簡単に思えますが、ステファンさんはとにかく毎日1回腕立て伏せをすることだけを忠実に守っていくことにしました。

そして、その日の腕立てをするためにポーズをとり、1回こなすと、不思議と「1回やったんだからもう1回しよう」という気持ちになりました。そして、徐々に「腕立てもやったんだから懸垂もやろう」「今日はスクワットもやってみようか」というかたちで、ステファンさんの運動習慣は確立していったのです。

その後ステファンさんは、この「1日腕立て伏せ1回戦略」を「Mini Habits(ミニ習慣)」と名付け、生活の色々な分野に応用し、ポジティブな習慣を作っていくことに成功します。

そして、Mini Habitsについて本を出版するまでに至るのです。

さて、なぜこのストーリーをお話ししたかというと、私たちクリスチャンの中でも、ディボーションの習慣がつかなくて悩んでいる人が多いのでは?と思ったからです。

新年の抱負として、「今年こそ聖書通読するぞ!」と意気込んでは、失敗していませんか?
クリスチャンになって早14年、私もほぼ毎年挫折しています( ;∀;)

3年で通読するプランを実行しようとすると、1日に3章も読まなければなりません。
詩編117篇のようにスーパー短い箇所なら楽勝ですが、詩編119篇のように最強に長い章が当たった日や、民数記のいけにえの捧げ方の描写が長々と続くところは、正直心が折れそうになるかもしれません(笑)

でも朝のディボーションの習慣は、なんだかんだここ4年くらい続けることができています。
毎日たくさん読もうとすることをやめたからです。

もちろん1日3章を続けられたらすばらしいですが、多くの人にはその時間がありませんよね。

なので、短いディボーションブックをとにかく毎日読むことにしたのです。
Jesus Callingという本を活用しています。(日本語バージョンはこちら
その日に必要な御言葉が分かりやすく解説されているし、1分以下で読むことができます。
まさにMini Habitsの本の考え方を実践していたようです(笑)

朝起きて、スマホを見たりする前に、つべこべ考えずにまずこのディボーションブックを読む。そして一言祈ったり、与えられた御言葉に関して思いを巡らす。

そうすると、その日の体調や気分や、直面している問題に対して、ひっじょ~~~~にタイムリーな御言葉が与えられることが多く、

うっひょー!神様何でもご存知!!

と毎日思い知らされます。

どんなに短くても、日々のディボーションは恵みが大きいものです。
いや、もう人知を超えた恵みですね。これは毎日続けていないと味わえない。

私たちは弱い存在なので、毎日福音を聴くが必要があります。
どんなに自分の力で立っていようとしても、気付いたときにはどこか遠くへ流されている。海の砂のような存在なのです。

だから、聖書を毎日読んで心のパンをいただく必要があると思います。

わたしはいのちのパンです。あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死にました。 しかし、これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがないのです。 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。―ヨハネの福音書6章48~51節

パンでも米でも肉でもいいですが、食事は毎日しないと死んでしまいます。
それと同じように、私たちの人生も御言葉を食べないと、どこかおかしくなります。
だから、御言葉に毎日触れて、人生の軌道修正をする必要があるのです。

ディボーションの習慣を脳科学的に見てみる

面白いことに、私たちの脳の構造的にも、ディボーションを習慣にしてしまうことが理にかなっています。

脳は、繰り返し何かをすることで、習慣をつくることができます。

習慣とは、何かをするかしないか、あえて考えることをせず、自然にそれを行うことができること。朝起きて家を出る前に歯を磨くべきか否か、考え込むことはないですよね。一日の終わりにシャワーを浴びようかどうか、判断に悩むことはないですよね。それは歯磨きやシャワーが「習慣」になっているからです。

私たちの脳には前頭前野(ぜんとうぜんや)という部分があります。これは理性を司る部分で、何かを「すべきか」「しないべきか」を決めるところです。

一方で、脳のもっと原始的な部分が、大脳基底核(だいのうきていかく)です。ここは、生き延びるために必要なものを見極めます。いわゆる「習慣」になっていることは前頭前野を通過せず、大脳基底核が直接判断して行動に移します。歯磨きやシャワーをするかしないかの判断は脳のこの部分が行っているのです。

それを行うことが、生き延びるためには必要と脳が判断するから、あれこれ考えずにやるようになります。

習慣は、毎日繰り返し行うことでつくれると書きました。

ディボーションを毎日繰り返し行っていけば、聖書の箇所に毎日ふれることが、神様に向かうことが、生き延びるために必要なことであると脳が学習するのです。

ところで、脳を作ったのは誰でしたっけ?

神様ですよね~!

脳の構造的にみても、神様は毎日私たちが福音に向かうことを習慣化するように、創造されたんですね。

聖書にも、習慣化するために繰り返し御言葉と向き合うようにと書かれています。

私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。 これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。―申命記6章6~9節

まとめ

脳科学的な面からディボーション習慣を見てみましたが、結局のところ導いてくださるのは聖霊なる神様です。
ディボーションを続ける習慣をつけられるように、まずは祈り求めましょう。
そして毎日1節でもいいから始めてみましょう

感情に左右されず、毎日少しでもいいから続けることです。
じきにディボーションを続けているからこそ、与えられる恵みをいただくことができます。

グレースシティでも、3年で聖書を通読できるディボーションガイドを出しています。ただし、これではハードルが高すぎるという人もいるかもしれません。だからといって聖書通読をあきらめるのはもったいない!

毎日1節ずつでいいのです。
聖書を開く習慣をつけてみてください。
1節読んだなら、どうせならもう1節、どうせなら丸1章読んでしまえ、となるはずです。

続けたからこそ受けられる恵みを、じきに実感できると思いますよ(^^)/