心と宝のレポート Heart & Treasure Report

みなさんこんにちは。グレースシティのMomokoです。

最近、グレースシティチャーチでは「心と宝のレポート」というものが月に一度、発表されています。それが何かという事を知っておられる方も、知らない方もいらっしゃるかと思います。一言でいいますと、いわゆる”会計報告”です。

なぜ、会計報告を「心と宝のレポート」と呼ぶことにしたのでしょうか?会計担当のアンディ・ユーさんが分かち合ってくださった内容を、ダイジェスト版で紹介させて頂きます。とても興味深い内容が語られていますので、ぜひお楽しみください。

Hello Everyone

This is Momoko from Grace City. We’ve started to share our Heart & Treasure report recently. Why do we call our finance report the Heart and Treasure report? Andy Yoo, our finance team leader explains more about this in a report he shared with us – I hope you enjoy it!


心と宝レポート by アンディ・ユー

Heart & Treasure Report by Andy Yoo  * English follows after Japanese

教会の経済状況に対して、神の家族である私たち皆が一緒に責任を負っていく必要があります。そのためには、会計が透明性を保ち、説明責任を果たす必要があります。

2018年4月から「心と宝レポート」という、「あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。」というマタイ6章21節の御言葉から、毎月グレースシティチャーチ東京の会計報告をしていきたいと思っています。

この会計報告のテーマは「心と宝」であり、それはマタイ6章19節〜21節から来ています。

自分の宝を地上にたくわえるのはやめなさい。そこでは虫とさびで、きず物になり、また盗人が穴をあけて盗みます。自分の宝は、天にたくわえなさい。そこでは、虫もさびもつかず、盗人が穴をあけて盗むこともありません。あなたの宝のあるところに、あなたの心もあるからです。マタイの福音書6章19〜21節

私たちが何にお金を使うかというのは、実はとても重要なことです。なぜなら、私たちがお金を使う所には、あなたの心の中にあるものを大きく反映しているからです。 たとえば、ある人の銀行口座を見ると、この人がどのような心を持っているかという事を、何にお金を使っているかによって知ることができます。 イエスは、あなたの宝物やお金を一時的なものではなく永遠のものに投資することについて教えています。 グレースシティチャーチのビジョンは、東京で福音を宣言し、福音を満たすことです。 福音はあなたの人生にとって最も重要なお知らせであり、ニュースです。 このニュースは、私たちの罪が赦されて、キリストによって永遠の命を得ることができるというものです。

私たちはイエスの命という素晴らしい宝物を持っています。その様な素晴らしい良い知らせを伝えるのと同時に私たちは、最終的に捨てる事となる物にお金を費やす傾向があります。 最終的に捨てられるものを買いたいと思うのはなぜだと思いますか? ローマ10章17節によれば、信仰は聞くことから始まり、福音を聞くためには誰かが福音を語って伝える必要があるとあります。グレースシティーに皆さんがお金を投資することは、東京全体にイエスの良い知らせを宣言して、満たしていく事に繋がると望みつつ、確信しています。


 

このように労苦して弱い者を助けなければならないこと、また、主イエスご自身が、『受けるよりも与えるほうが幸いである。』と言われたみことばを思い出すべきことを、私は、万事につけ、あなたがたに示して来たのです。」使徒の働き20章35節

この個所から、神様は気前よく与える心について教えています。私たちは与えるよりも受け取る方が良いという価値観の社会の中で生活しているので、違和感があるかもしれません。幸せな人たちはお金、不動産、その他の財産のような所有物を沢山持っていると思っています。それでは、なぜ聖書は反対のことを教えているのでしょうか?

人がなぜ落ち込むかという心理学の研究のイメージがありますが、最近は、人が幸せになる理由を研究するポジティブな心理学と呼ばれるものがあります。 意外にも、人が幸せになる理由の1つは気前のよさです。与えている人は研究によって与えない人よりも幸せだという結果が出ています。私たちの脳には食べ物とセックスに「喜び」を感じる反応を示す部分があるそうです。 研究者は、人が与えるとき、脳内の同じ「喜び」の部分が反応することを発見しました。 神は、私たちがお互いに与え合うようにと、生物学的にデザインしたようです。 本当に、受け取るよりも与えるほうが本当に良いという事を、2000年前にイエス様が言われました! 天才ですね!みなさんも与えたときに、暖かい感覚を得ることができるか試してみてください。今月、他に与えることを試してみて、何が起こるかをぜひ見てください。

みなさんは、「私にはお金はない」と考えるかもしれません。 気前がよいという事は、お金を与える事を意味するだけでなく、時間、持っているもの、他にも何か与えることができるものがあれば、それらを与えることです。 たとえば、チャリティエイド基金という団体が発表した世界で最も気前の良い国のランキングでは、最も寛大な国はミャンマーです!ミャンマーは経済的に豊かな国ではありませんが、文化的に非常に気前が良い国だそうです。 残念ながら、日本は経済的に豊かな国ですが、世界で114位です。 気前が良いというのは心の問題です。

どうすれば気前の良い心を持つことができるでしょうか? 私たちは、自己中心な人間なので、これは非常に難しい事です。私のアドバイスは、地球上で最も気前よく自分の人生を捧げたであろうイエスを見ることです。 私たちの所得の十分の一を捧げる、もしくは収入の10%を教会に献金するといいます。 しかし、イエス様は私たちに100%を与えました。聖書は犠牲的な愛について教えています。つまり、他者の利益のために何かを失うことです。 犠牲の例でいうと、電車で高齢者に席を譲ることを考えてみてください。 自分の座席を失い、高齢者は座席を得ます。 イエスが自分の人生を失うことによって、私たちは永遠の命を得ることができました。最も気前のよいイエスの心によってです。 単純に気前よくなるための努力をすることはできませんが、もっと深くイエスを知るようになる事が気前よく変えられる事につながります。イエスは私たちの心に触れて、変えてくださいます。

[ 心と宝のレポート 2018 ] 活動計算書 2018年1月 〜 5月

収入合計 ¥ 12,023,648

支出合計 ¥ 12,122,485

2018年1〜5月までの収支 : ー¥98,837円の赤字

2017年 平均週間金額 ¥ 353,175

2018年 平均週間金額 ¥ 322,077

2018年 平均週間献金の必要額は¥50万円 :  一般管理費、宣教伝道費、礼拝関係費など


 

The theme of this report is “Heart and Treasure”, and it comes from Matthew 6:19-21.

“Do not store up for yourselves treasures on earth, where moths and vermin destroy, and where thieves break in and steal. But store up for yourselves treasures in heaven, where moths and vermin do not destroy, and where thieves do not break in and steal. For where your treasure is, there your heart will be also. Matthew 6:19-21

How we spend money is very important because the way we spend money is a reflection of what is in your heart. For example, if you look at someone’s bank statement, you can see what kind of heart this person has by what this person is spending on. Jesus is teaching about investing your treasure or your money in eternal things, instead of temporary things. At Grace City Church, our vision is to proclaim the Gospel to Tokyo. The Gospel is the most important news of your life. The news is about the forgiveness of our sins so that we may have eternal life in Christ.

We have a wonderful treasure in Jesus and spreading His good news, but we tend to spend it on things that we eventually throw away. Why do we want to buy things that we end up throwing away anyways? According to Romans 10:17, faith comes by hearing, and in order to hear the Gospel, someone must tell the Gospel. By investing your money into Grace City, we hope to use your money to spread this good news of Jesus all over Tokyo so that many can hear about the good news.

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Remember the words of the Lord Jesus, how he himself said, ‘It is more blessed to give than to receive.’” Acts 20:35

From this passage, God is teaching us about generosity. This is a bit strange in our culture because we understand that is better to receive than to give. We think that happy people are ones who receive a lot like money, real estate property, and other possessions. So why does the bible teach us the opposite?

The image of psychology is the study of why people are depressed. However, recently, there is something called positive psychology, which is the study of why people are happy. Surprisingly, one of the reasons why people are happy is generosity. People who give are happier than those who do not give according to research. There is a pleasure area in our brain where food and sex respond. Researchers find that the same pleasure area in the brain responds when people give. God designed in our biology to give to each other. It is truly better to give than to receive and Jesus said this 2,000 years ago! What a genius! There is very warm feeling you get when you give so as an experiment, try to give to others this month and see what happens.

You may think, “I don’t have any money”. Generosity does not only mean giving money, but you can give your time, resources, and many others. For example, there is a ranking of the most generous countries in the world released by the Charities Aid Foundation, and the number 1 most generous country is Myanmar! Myanmar is not an economically rich country, but their culture is very generous. Unfortunately, Japan ranks number 114 although Japan is an economically rich country. Generosity is about the heart.

How can we be generous? This is very hard as we are selfish humans. My only answer is to look to Jesus, who is the most generous person to live on the earth. We say to tithe your income. Or give 10%. However, Jesus gave 100% or his whole life to us. The bible talks about sacrificial love, meaning losing something for the gain of others. An example of sacrifice is losing your seat for an older person at the train. You lose your seat, and the older person gains a seat. Jesus lost his life so we can have eternal life, and that is the most generous heart. We can’t simply try hard to be generous, but we can become generous as we get to know Jesus deeper. He will change our hearts.

[ Heart & Treasure Report 2018 ]

Report from Janurary 1,2018 to May 31, 2018

Revenue ¥12,023,648

Expenses ¥12,122,485

Deficit – ¥98,837

2017 Average weekly donations  ¥ 353,175

2018 Average weekly donations ¥ 322,077

Our ideal weekly donations are around ¥500,000 yen per week. 

for General Administration, Mission & Outreach and Worship & Fellowship

料理を通してコミュニティの絆を深めたい ― ジェスロー君に突撃インタビュー!

こんにちは、グレースシティの結実です!(English follows)

最近グレースシティでは、何やら美味しげなフェローシップディナーが行われているとの噂が流れています。
どうやらオランダ出身のジェスロー君が、フルコースディナーを振る舞ってくれる会が定期的に繰り広げられているとか。

プロさながらの調理の腕前を持つジェスロー君。出てくる料理は、やわらか~いお肉に、何を混ぜたらこんなに美味しくなるの?!というソース。トリュフとチーズの載ったパスタに、ワイン。最後には甘いものを食べたい欲を満たしてくれるデザート・・・。

じゅるる!
そんなジェスロー君のディナーパーティーには、長~いウェイティングリストができているのだとか。

ということで今回は、ジェスロー君に詳しく話を聞いてみました!

Q1. ジェスロー君、教会の友達のために素敵なディナーパーティーを催しているみたいだけど。教会に来始めたばかりの新しい人も誘ったりして、既存のメンバーと深く知り合ういい機会になっているみたいだね。いつからそういう会を始めたの?そして何がきっかけで、そんなディナーパーティーを開催しようと思ったの?開催頻度は?

A1. 初めての開催は2月だったな。いくつかインスピレーションを受けたきっかけがあって。1月に、サトシが新宿の土曜コミグルに誘ってくれて、そこではたまにみんなで料理をすることがあるんだよって言ってったんだ。だから彼に、自分も料理が大好きなんだって言ったら、じゃあ何かイベントをしようよって話になって。最初は自分のアパートで集まろうと思ったんだけど、それだと来れる人数が限られてしまう。そんな時たまたま月島のラウザー家の広いリビングを使っていいことになったんだ。

第一回目はみんなすごく楽しんでくれて、だったら定期開催して、毎回違う人を誘ってみようってアイディアが浮かんだんだ。その時初めて、グレースシティのヴィジョンである「4つのG」のことを聞いたんだ。「God、Gospel、Grace、Gourmet(ガッド、ゴスペル、グレース、グルメ)」ってね!

後は、オランダにいた時、牧師夫妻が教会の人たちを招いてバーベキューや簡単なディナーをたまに催してくれていたことを思い出してね。

大概、土曜日で場所が空いている時に開催してる。前は月1だったんだけど、今では場所が空いていて来れる人が集まれば適宜開催してるよ。

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Q2. クリスチャンのコミュニティでは、持ちよりパーティーをすることが多いけど、ジェスロー君はディナーのフルコースを出してるよね。そうすることによってどんな違いが出せると思う?オランダではよくあるスタイルなの?

A2. まず雰囲気が違うよね。持ちよりパーティーだと、シンプルだけど美味しい料理を作ったり持ってきたりすることが多くなってしまう。でもフルディナーコースなら色々遊べる。例えば、あのワインならあの料理と合うなとか、味を引き立てるためにあの食材とこの食材を一緒に使おうとか。

もう一つの違いは、ろうそくで照らされたディナーがロマンチックだとかデートに適しているというように、会話が弾む雰囲気になるんだよね。

オランダでよくあるスタイルかというと、そうではないかな~。オランダでは、10~20人のお腹を満たせてカンタンに作れるものが多いかな。パスタにマッシュポテトにスープとか。僕はたまたまグルメ好きで、レストランで食べられるものが家でも再現できるのか好奇心があるんだ。

Q3. このフェローシップディナーの働きを通して、神の国のどの部分を建てることに貢献できてると思う?聖書の中で、インスピレーションを受けた箇所はある?

A3. より親密なコミュニティかなぁ。仕事でも平日に飲み会があるように、同じ教会で同じものを信じる仲間たちも集まって親睦を深めるべきだね!

特定の箇所は思い出せないけど、イエス様もこういう感じの食事を弟子たちとしょっちゅうしてたはず。最後の晩餐もしかり!あと、グレースシティのヴィジョン・サンデーや説教の中でこんなことを言っていたのが印象に残って。「教会の人々は家族みたいなもの。家族はもっと頻繁に食卓を囲むべき。コミュニティとして、もっと食事を共にすべきだ。」ってね。それを聞いて、「アーメン!」って思ったんだ。

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Q4. このディナーパーティーに参加した人たちに、どんな風に貢献したいと思ってる?教会の外で集まる機会を持つことは、その後の教会生活にどんな影響をもたらすと思う?

A4. 僕は、クリスチャンでいるということは、日曜に教会に行くこと以上のものだと思ってる。もちろん、僕たちは日曜礼拝に参加するように努めているけど、東京にいると、何に対しても時間がないように感じるよね。日曜日でさえ、礼拝の後に仕事に行かなきゃいけない人もいるし、でもそれだと他の人たちとフェローシップの時間を持ちたくても持てなくなる。コミグルも、教会のいろんな人と知り合う機会ではあるけど、コミグルではバイブルスタディに集中するから、コミグル後に一緒に何かをする計画を立てない限り、お互いのことをちゃんと知る機会としては限られているんだよね。お互いのことをもっと深く知り合えば、会話も深まるし、コミュニティとしての絆も深まると思う。

fellowship

Q5. ジェスロー君の料理の腕は・・・ほんとすごいよね!どこで料理を習ったの?今までに作った美味しいものの話とか、料理のアドバイスとかがあれば、教えて!

A5. ありがとう!料理をしようと思ったのは、大学を卒業した後くらいからかなぁ・・・あの時僕はまだ学生用のアパートにルームメイトと住んでた。それで「今は働いててもまだ学食を食べられるからいいけど、ずっとここに居れるわけじゃないんだから、食べ物のこと何とかしなきゃ」と思ってたんだよ。

ちょうどその時に、「食戟(しょくげき)のソーマ」というアニメを見ていて、普段作ってるものよりもワンレベル上のものを作ってみようかなって、インスピレーションを受けたんだ。それで色々ググったら、「The Food Lab」っていうのを見つけたんだ。後は Youtubeで「Gordon Ramsay’s Home Cooking」とか「Gordon Ramsay’s Ultimate Cookery Course」とか、料理系の番組を片っ端から見始めたんだ。料理の腕を磨きたい人がいれば、ぜひおすすめしたいシリーズだね。すごく基礎的なことから高度なことまで色々説明されてるんだ。

料理のアドバイスをするとしたら、作ったことのない料理を試してみたり、色々実験するのを恐れないで!ということだね。レシピを検索してそれ通りに作っても、最初はうまくいかないかもしれない。でも大事なのは、どこで失敗したか学んで、次に生かすこと。

もう一つのアドバイスは、時間をとって良いレストランに行く機会を作ること。味を参考にして、どうやって作ったのか想像してみる。どうやったらこんな味になるのか、何が欠けているのか、自分だったらどうやってもっと美味しく再現できるかとか、色々考えを巡らしてみるといいよ。

最後に、良い料理道具に投資するのを恐れないで!特に包丁ね。僕はいい包丁を手に入れてから、すべてが一段と楽しくなった気がしたから。

Jethro

Q6. 今後、このディナーパーティーはどうなっていくの?今後も開催しつづけると思う?

A6. 導きのままに!7月には月島の場所が使えなくなっちゃうんだけど、サックス夫妻が場所を提供してくれそうで。少人数なら、僕の家で開催することもあるし。でも時間さえ許せば、誰の家でも喜んで料理するよ。

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Q7. 読者のみなさまに、自分に関して知ってほしいことってある?

A7. そうだなぁ、僕が料理が好きな理由の一つとしてあるのは、皿洗いが嫌いってことかな・・・だから、家では自分のために難しい料理を作ることはほとんどしない。しかも、自分だけのために料理するのは、9人のために料理するのに比べて、かなり高くつくしね(残り物も出ちゃうし、大容量じゃないと買えない材料もある)。

あとね、なぜかシーフードはあまり好きじゃないんだな。まぁ何でも質問があったら、個別に聞いてくださいな。

Q8. 最後に、そのパーティーに参加したい人がいたら、どうしたらいい?

A8.日曜日に教会で気軽に声かけて!もし何かイベントを開催するとかであれば、キッチンに広さがあれば喜んで料理するよ。

 

ジェスロー君ありがとう!今後もこのパーティーがどうなっていくか楽しみですね。

私は個人的にジェスロー君のディナーパーティーに参加して、とても刺激を受けました。美味しいものって本当に人を和ませて、幸せな気持ちにさせてくれるなぁと。

インターネット上の誰かが「料理は、食べられる形の愛」と言っていて、とてもお気に入りのフレーズなのですが、ジェスロー君はまさに料理を通してコミュニティに愛を振りまいてくれているんだなぁと思います^^

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Hi everyone, this is Yumi from Grace City Church Tokyo!

Recently in our church, everyone is raving about this secret fellowship dinner parties that smell pretty yummy…It seems that this guy Jethro from the Netherlands has been hosting fun parties that come with delicious full course dinner.

Jethro cooks like a pro. He serves tender meat with some secret sauce that tastes like heaven. Pasta with shredded cheese and truffle, and delicious glasses of wine. Finally, a plate of dessert that satisfies your sweet tooth…drool!

It seems that there’s been a long waitlist for Jethro’s dinner party already.
So, I’ve decided to interview Jethro this time to find out what the heaven is going on!

 

Q1. We heard that you’ve been hosting nice dinner parties for church friends, and also inviting relatively new people at church, serving to provide opportunities for people to sit down and get to know each other better. When did you start it? What inspired you to host such dinner parties? And how often do you host it?

A1. I think it started in February. There were several sources of inspiration; in January Satoshi invited me to the Shinjuku community group on Saturdays and told me they sometimes cook too. Then I told him that I love cooking and we should hold an event at some point where I do the cooking. At first we were going to hold it in my place, but because the amount of people I can invite is limited we ended up using the Lowthers’ place in Tsukishima because the place is temporarily open.

The people really enjoyed it during the first time and the idea was born to repeat this event with different people each time. At that time I heard for the first time about this 4 Gs in GCCT: God, Gospel, Grace, and Gourmet! Well, you know what they say… eat, pray, love. The other thing that inspired me was that back in the Netherlands my pastor and her husband used to invite other church people too for barbeque or simple dinner occasionally.

Generally on Saturdays whenever the place is available, it used to be once a month, but lately just whenever the place is available and if there is enough interest.

Q2. In Christian community, mochiyori(potluck) parties are more common. But you serve like a full dinner course. How do you think it makes difference? Is it a common style in the Netherlands?

A2. I think the atmosphere is different. With potluck parties, you are often limited to making and bringing mostly simple comfort food, whereas in a full dinner course you can go all out thinking of e.g., what wine pairs well with what type of food, how does the ingredients work together to elevate the taste, etc. Yet another difference is, I think there is a reason why a lot of people find candlelight dinners very romantic or fitting for a date — it somehow creates an atmosphere that encourages talking to the other person.

I certainly think it’s not a common style in the Netherlands — they usually make something that is easily cooked for 10-20 people (think of pasta, mashed potatoes, soup, etc.), I just happen to like gourmet food and was at some point curious if it can be recreated at home.

 

Q3. What part of God’s kingdom are you wishing to be building through this fellowship dinner? Are there any verses you were inspired?

A3. A closer community I guess… if people at work during working days have nomikais, there should be no reason why people from the same church or the same religion should not have one!

I can’t really think of a verse, but Jesus had these kind of meals with his disciples pretty often — even the last supper is one of them! And I can still remember at some point that during GCCT Vision Sunday, but also in one of the sermons the following was mentioned: ‘Church people are like family, and family members should eat more often with each other!’ and ‘We should eat more often as a community!’ At that time I thought: ‘Amen.’.

 

Q4. What are you wishing people to take away from these dinner parties? I mean in what way do you think will help people to have such opportunities to meet outside the church?

A4. I think that being a Christian is more than just going to church on Sundays. Of course we do our best to make time to go to the church on Sunday itself, but being in Tokyo, we find ourselves with very little time for everything. Even after church some people still need to go to work, which greatly limits their time to have fellowship with other people even if they wanted to. Small community groups are of course another opportunity to meet other church members, but I think that because those small groups focus more on bible study, the chances of getting to know another person better is still limited unless you plan something afterwards. Once people know each other better, maybe they would feel more inclined to initiate a conversation or anything else, which can in turn strengthen the community.

 

Q5. Your cooking skill is like…wow, amazing! Where did you learn to cook? Please tell us about your masterpiece, and give us a bit of your cooking tips if any 😉

A5. Thank you! The idea of learning to cook came from about when I graduated from university… I was still living in my student apartment with a roommate and thought: ‘Alright, I am now working for the university instead of being student, but the food won’t serve for a lifetime. So why not take it more seriously and do it well while I’m at it?’. At that point I was also watching the anime ‘Shokugeki no Soma’ which inspired me to cook at home beyond the usual stuff I cooked. I dug deeper into on the Internet and found ‘The Food Lab’ and started watching Youtube videos on how to cook and came across ‘Gordon Ramsay’s Home Cooking’ and ‘Gordon Ramsay’s Ultimate Cookery Course’ for those who want to improve their cooking game, I highly recommend watching the series as he also explains the very basic things.

A good tip I would like to give is: Don’t be afraid to experiment or try a dish that you have never made before! You can search and follow a recipe as is and you might not succeed the first time, but the important thing is to learn what you did wrong and improve for the next time. Another thing is to take the time to visit some nice restaurants, taste the food as reference and try to imagine how they made it, what made it special, what was lacking and how can you recreate it or even further improve it. Lastly, don’t be afraid to invest in good kitchen equipment — especially in a good knife. I felt like everything became much more fun once I had a really good knife.

 

Q6. Where is this dinner party going? Are you planning to continue hosting it?

A6. Wherever it will take us! Even though Tsukishima place won’t be available after July, there are already plans to continue beyond that thanks to Sacks who are willing to co-host future events. For events with smaller groups of friends I also started hosting at my own apartment, but I would gladly cook if time permits at anybody’s home.

 

Q7. Is there anything you want our readers to know about you?

A7. Maybe one of the reasons I like to cook is because I don’t like washing the dishes… which is why I rarely cook difficult dishes for myself at home. Not to mention, cooking for only one person is quite expensive (because you usually end up with leftovers or some ingredients can be bought only in bulk) compared to cooking for nine.  Oh and I also don’t like seafood that much for some reason. For any other information, I welcome our readers to ask me about anything they would like to know.

 

Q8. Lastly, how can people reach you if they want to join your party?

A8.Talk to me on Sunday in GCCT or on any other way. If you are organizing an event, I wouldn’t mind cooking as long as the kitchen is big enough.

 

Thank you Jethro! It’s so exciting to see where this dinner party movement is going.

I personally was invited to his party as well, and I was so inspired how much delicious things make people feel relaxed and bring happiness.

My favorite quote from somebody on the internet was “Cooking is an edible form of love.”

I truly think Jethro is bringing love to the community through his love of cooking!

HOPE – お弁当プロジェクト

HOPEミニストリーの中のお弁当プロジェクトに参加しています、みねです。

お弁当プロジェクトでは、皇居外苑にいるホームレスの方にお弁当を差し入れしています。

現在は、お弁当と飲み物を60セットと、いくつかの日用品を用意して皇居外苑周辺を歩いて回っています。差し入れするだけの時もあれば、話を聞いたり、芝生に座って一緒にお弁当を食べたりする時もあります。最近は、お名前を教えていただくことが増えてきて、お名前を呼んで挨拶できるのが嬉しいです。


お弁当プロジェクトが始まったきっかけ

お弁当プロジェクトがスタートしたきっかけは、教会のイベントで東京駅周辺を歩いて東京のために祈るPrayer Walk(プレイヤーウォーク : 祈りの遠足)でホームレスの方の存在に気づいたことだそうです。


お弁当プロジェクトの目的  –  隣人を愛して、必要に応える

お弁当プロジェクトの目的は「隣人を愛して必要に応える」ということで、イエス様の性質が表されることです。イエス様は人との対話を通じ、それぞれの人の状況に応じて必要なことをご存知です。お弁当をもって話をしに出かけます。

あなたがたのうちのだれかが、その人たちに、「安心して行きなさい。温まりなさい。満腹になるまで食べなさい」と言っても、からだに必要な物を与えなければ、何の役に立つでしょう。

ヤコブの手紙2章16節


お弁当プロジェクトはどのように準備しているの?

私がお弁当プロジェクトに参加し始めたのは、2011年の大震災後からです。最初は月1回のプロジェクトでしたが、2014年から月2回になりました。

お弁当ってどうやって準備しているのかという事を時々質問されます。お弁当プロジェクト全体の準備についてご紹介したいと思います。思い浮かぶ言葉は、ヒト、モノ、話題、天気、お金です。


人 – ヒト

お弁当を必要としている方が何人いるのか、お弁当を渡すのを手伝って下さるボランティアが何人いるのか、当日に行ってみないとわかりません。参加するたびにドキドキしますが、教会に行くときの気持ちに近いかなと思います。何度もボランティアをして下さっている方々とは事前に連絡を取り合える環境に感謝し、神様に祈ってさらにどんな賜物をもった人を送って下さるのかに期待します。


物 – モノ  :  お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運ぶか?

お弁当・飲み物・日用品の調達、それらをどのようにして集合場所まで運んでいるか? 正直、これにはリーダー達がかなりの時間と労力をかけて取り組んでいます。私個人は、神様に知恵を求めながら、リーダー達やボランティアの方々と段取りを工夫して実践していくことに面白さを感じます。東京の便利さを思うのもこの時です。これまでに、集合場所までお弁当を配達してくれるお弁当屋さんがあるとか、コンビニで飲み物を予約できることなどの知恵が与えられました。

2016年に、セカンドハーベスト・ジャパンとつながる事ができ、お弁当をご提供いただけるようになりました。

お弁当
セカンドハーベストからご提供いただいているお弁当
お弁当セット
配布用にお弁当と飲み物をセットにして、ボランティアが運びます

セカンドハーベスト・ジャパンへお弁当を受け取りに行き、飲み物と一緒に袋に詰めます。(写真上) 飲み物を電車やタクシーで運んだり、インターネット通販を利用したりとこれまで様々な工夫をしながら変遷してきました。

日用品は献品いただいたり、献金で購入したりしています。一人が預かると一度に運びこめないなど、必要に応じて集合場所に運ぶための課題があり、毎回、知恵と工夫を祈り求めています。


話題

ホームレスの方々と話しをしているうちに、困っていて解決したいことなどを耳にするときがあり「今度○○さんに会ったら、助けになる情報提供をしたい」と思うことが多くあります。たとえば、体調が悪いときに病院に行く方法や生活保護を受ける方法などです。

認定NPO法人ビッグイシュー基金が編集・事務局をしている路上脱出ガイドの存在を知ってからは、必要に応じて渡したりしていますが、自分でも読むと勉強になります。路上脱出ガイドに出ている様々なNPO法人のセミナーがあれば私自身も参加し、お弁当プロジェクトの他のリーダー達やボランティアの方々と情報共有をしています。

より多くの人が神様の愛を知り、福音が伝わる様にと祈りながら、時には、聖書の御言葉や、教会の礼拝の日程案内を印刷して持っていきます。ボランティアの方も時々自主的にその様な資料を持ってきてくださいます。


天気

天気の準備(?)というとおかしいですかね。雨でもお弁当プロジェクトは開催しますが、お弁当を配布する側も、受け取る側も大変です。お弁当プロジェクトの日が近づいてくると、天気予報をこまめに見ては、神様に祈りながら、お天気のことを相談しています。


お金

教会の献金の予算内におさまるよう、やりくりをして月単位で管理しています。お弁当を無償でご提供いただけるので、日用品を買う事ができるようになってきました。日用品を下調べして、違う日に買いにいくと安くなっているという経験もあり、神様の恵みを感じます。

できるだけ多くの方の必要に応えるために、衣類についてはできるだけ献品をお願いしています。靴下や靴などは、3ヶ月ほどで使い切ってしまうため、需要が高い日用品です。


 

お弁当プロジェクトに参加しながら、私が感じている事は、ヒトからヒトへモノを渡すだけの一方通行ではないということです。励まそうとして、逆に励まされます。準備が不十分でがっかりさせてしまったときは、神様の前で、みな罪人である事を再認識します。お弁当プロジェクトへの参加がきっかけの一つとなり、進むべき道を見つけたボランティアの方々もいます。会社と家の往復だけで、それまでは近所づきあいをしていなかった私が、日常的に「○○さんはお元気かな?」とホームレスの方々を思いめぐらすようになりました。

何年後かにこの活動がどうなっているとよいか、リーダー達と話し合うことがあります。

キーワードとして、カフェ、シェルター、聖書の学び、礼拝などが登場します。

これからも、様々な教会とつながりながら運営していけるようにと願いつつ、神様がどのように働いてくださるのか、期待しながら祈っています。

わたしはあなたに命じたではないか。強くあれ。雄々しくあれ。恐れてはならない。おののいてはならない。あなたが行くところどこででも、あなたの神、主があなたとともにおられるのだから。ヨシュア記 1章 9節


お弁当プロジェクトの開催日と継続的な必要

お弁当プロジェクトは毎月第一、第三土曜日に開催しています。

ボランティアとして参加して頂く場合は12時5分に丸ビル1F丸キューブに集合しています。お気軽にご参加ください。1回だけだと、よくわからないうちに終わってしまうかもしれませんが、3回もしくは、月1回のペースで行ってみるなど、継続的に参加していただくと、お弁当プロジェクトの意義を体験できるかもしれません。

お弁当プロジェクトのリーダーを募集しています。今、現在、お弁当プロジェクトのリーダーは2名だけですので、足りない状況です。ぜひ、お祈りください。

献金によりサポートしていただくこともできます。

ご不明な点がありましたら、こちらにご連絡ください。

詳細 : www.gracecitychurch.jp/obento

 

ディボーション習慣の作り方

ディボーション習慣の作り方

こんにちは!グレースシティの結実です。
今回は、ディボーション習慣について書いてみようと思います。

最近面白い本を読みました。
Mini Habitsという本です。

著者のステファン・ギーズ(Stephen Guise)さんは、何年も運動の習慣を作ろうとしていたものの、一念発起してジムに通い始めては挫折する、を繰り返していました。

ところがある年の初め、新年の抱負を考えた時に、でかでかとした目標を掲げては挫折するのに疲れていたステファンさんは、ばかばかしいほど小さな目標を立てることにしました。

それは・・・
「1日1回腕立て伏せをする」

そんなの新年の抱負と言えるのか!というほど簡単に思えますが、ステファンさんはとにかく毎日1回腕立て伏せをすることだけを忠実に守っていくことにしました。

そして、その日の腕立てをするためにポーズをとり、1回こなすと、不思議と「1回やったんだからもう1回しよう」という気持ちになりました。そして、徐々に「腕立てもやったんだから懸垂もやろう」「今日はスクワットもやってみようか」というかたちで、ステファンさんの運動習慣は確立していったのです。

その後ステファンさんは、この「1日腕立て伏せ1回戦略」を「Mini Habits(ミニ習慣)」と名付け、生活の色々な分野に応用し、ポジティブな習慣を作っていくことに成功します。

そして、Mini Habitsについて本を出版するまでに至るのです。

さて、なぜこのストーリーをお話ししたかというと、私たちクリスチャンの中でも、ディボーションの習慣がつかなくて悩んでいる人が多いのでは?と思ったからです。

新年の抱負として、「今年こそ聖書通読するぞ!」と意気込んでは、失敗していませんか?
クリスチャンになって早14年、私もほぼ毎年挫折しています( ;∀;)

3年で通読するプランを実行しようとすると、1日に3章も読まなければなりません。
詩編117篇のようにスーパー短い箇所なら楽勝ですが、詩編119篇のように最強に長い章が当たった日や、民数記のいけにえの捧げ方の描写が長々と続くところは、正直心が折れそうになるかもしれません(笑)

でも朝のディボーションの習慣は、なんだかんだここ4年くらい続けることができています。
毎日たくさん読もうとすることをやめたからです。

もちろん1日3章を続けられたらすばらしいですが、多くの人にはその時間がありませんよね。

なので、短いディボーションブックをとにかく毎日読むことにしたのです。
Jesus Callingという本を活用しています。(日本語バージョンはこちら
その日に必要な御言葉が分かりやすく解説されているし、1分以下で読むことができます。
まさにMini Habitsの本の考え方を実践していたようです(笑)

朝起きて、スマホを見たりする前に、つべこべ考えずにまずこのディボーションブックを読む。そして一言祈ったり、与えられた御言葉に関して思いを巡らす。

そうすると、その日の体調や気分や、直面している問題に対して、ひっじょ~~~~にタイムリーな御言葉が与えられることが多く、

うっひょー!神様何でもご存知!!

と毎日思い知らされます。

どんなに短くても、日々のディボーションは恵みが大きいものです。
いや、もう人知を超えた恵みですね。これは毎日続けていないと味わえない。

私たちは弱い存在なので、毎日福音を聴くが必要があります。
どんなに自分の力で立っていようとしても、気付いたときにはどこか遠くへ流されている。海の砂のような存在なのです。

だから、聖書を毎日読んで心のパンをいただく必要があると思います。

わたしはいのちのパンです。あなたがたの先祖は荒野でマナを食べたが、死にました。 しかし、これは天から下って来たパンで、それを食べると死ぬことがないのです。 わたしは、天から下って来た生けるパンです。だれでもこのパンを食べるなら、永遠に生きます。またわたしが与えようとするパンは、世のいのちのための、わたしの肉です。―ヨハネの福音書6章48~51節

パンでも米でも肉でもいいですが、食事は毎日しないと死んでしまいます。
それと同じように、私たちの人生も御言葉を食べないと、どこかおかしくなります。
だから、御言葉に毎日触れて、人生の軌道修正をする必要があるのです。

ディボーションの習慣を脳科学的に見てみる

面白いことに、私たちの脳の構造的にも、ディボーションを習慣にしてしまうことが理にかなっています。

脳は、繰り返し何かをすることで、習慣をつくることができます。

習慣とは、何かをするかしないか、あえて考えることをせず、自然にそれを行うことができること。朝起きて家を出る前に歯を磨くべきか否か、考え込むことはないですよね。一日の終わりにシャワーを浴びようかどうか、判断に悩むことはないですよね。それは歯磨きやシャワーが「習慣」になっているからです。

私たちの脳には前頭前野(ぜんとうぜんや)という部分があります。これは理性を司る部分で、何かを「すべきか」「しないべきか」を決めるところです。

一方で、脳のもっと原始的な部分が、大脳基底核(だいのうきていかく)です。ここは、生き延びるために必要なものを見極めます。いわゆる「習慣」になっていることは前頭前野を通過せず、大脳基底核が直接判断して行動に移します。歯磨きやシャワーをするかしないかの判断は脳のこの部分が行っているのです。

それを行うことが、生き延びるためには必要と脳が判断するから、あれこれ考えずにやるようになります。

習慣は、毎日繰り返し行うことでつくれると書きました。

ディボーションを毎日繰り返し行っていけば、聖書の箇所に毎日ふれることが、神様に向かうことが、生き延びるために必要なことであると脳が学習するのです。

ところで、脳を作ったのは誰でしたっけ?

神様ですよね~!

脳の構造的にみても、神様は毎日私たちが福音に向かうことを習慣化するように、創造されたんですね。

聖書にも、習慣化するために繰り返し御言葉と向き合うようにと書かれています。

私がきょう、あなたに命じるこれらのことばを、あなたの心に刻みなさい。これをあなたの子どもたちによく教え込みなさい。あなたが家にすわっているときも、道を歩くときも、寝るときも、起きるときも、これを唱えなさい。 これをしるしとしてあなたの手に結びつけ、記章として額の上に置きなさい。これをあなたの家の門柱と門に書きしるしなさい。―申命記6章6~9節

まとめ

脳科学的な面からディボーション習慣を見てみましたが、結局のところ導いてくださるのは聖霊なる神様です。
ディボーションを続ける習慣をつけられるように、まずは祈り求めましょう。
そして毎日1節でもいいから始めてみましょう

感情に左右されず、毎日少しでもいいから続けることです。
じきにディボーションを続けているからこそ、与えられる恵みをいただくことができます。

グレースシティでも、3年で聖書を通読できるディボーションガイドを出しています。ただし、これではハードルが高すぎるという人もいるかもしれません。だからといって聖書通読をあきらめるのはもったいない!

毎日1節ずつでいいのです。
聖書を開く習慣をつけてみてください。
1節読んだなら、どうせならもう1節、どうせなら丸1章読んでしまえ、となるはずです。

続けたからこそ受けられる恵みを、じきに実感できると思いますよ(^^)/

聖書的観点から同性愛について : ディスカッション

聖書的観点から同性愛について

Hello. This is Momoko from Grace City. We had great sharing experiences with the London Team on “The Frustrations of Life” in April. We had a discussion event about “what the bible says about same sex attraction”? The title was What happens when life doesn’t make sense? English Life Story follows after Japanese.

こんにちは。グレースシティのMOMOKOです。

4月の半ばに英国ロンドンから短期宣教チームが来日し、「人生のフラストレーション」という大きなテーマで様々な課題について考える機会がありました。

私たちは常にフラストレーションを感じていますが、旧約聖書に登場するヨセフの人生を通して沢山の事を学びました。

厳しい条件の中で神が働かれた時に、その状況が最大限に生かされて、私たちの想像を絶する結果になる事があります。そもそも、何故わたしたちはフラストレーションを感じることが多々あるのでしょうか?

理想と現実の違い、自分の思い通りにならない毎日、体調不良、苦しみ、葛藤、心に刻まれた様々な傷跡…

多くの人は自分の問題を見て見ぬふりをしたり、諦めてしまったりする事もあると思います。

去る4月21日(土)  に「人生の不条理」というテーマで、聖書的観点から同性愛についてディスカッションをする機会がありました。ロンドンチームのメンバーの一人がライフストーリーを分かち合ってくださり、同性愛について語ってくださいました。

同性に惹かれるという状況について、聖書的観点から多くの興味深い話し合いをする事ができましたので、レポートさせて頂きます。(長文失礼いたします!)


 

私は、12歳の時にクリスチャンになりました。

その頃から男性に惹かれる傾向があったのかもしれませんが、ハッキリとそうだと確信したのは、22歳の頃でした。

25歳の時に初めてクリスチャンの友人に自分が同性に惹かれるという事を告白しました。

結論から言うと、聖書にある神の言葉を見ると、同性に惹かれたとしても、同性である男性とセックスをしたり、性的な欲求を満たすために男性と関係を持つことは良くないと書いてあります。これは、大勢の人が議論している事であり、大勢の人が理解したり受け入れたくないと思っている事です。

聖書を開くと、イエスは私たちを愛しているが故に、誰もが “心地好くない” と感じる応答をしています。

それには、深い理由があります。

私は、10年間クリスチャンとして生活してきて、神の言葉が真実であると信じていたので、聖書がどの様に語っているかを調べる事にしました。

同性の人と付き合おうかと迷った時に、どのような選択をして、どのように決断したのかを、シェアします。

あなたがたは、悪い者ではあっても、自分の子どもには良い物を与えることを知っているのです。とすれば、なおのこと、天におられるあなたがたの父が、どうして、求める者たちに良いものを下さらないことがありましょう。マタイ7章11節

イエスは、あなたがたは、”悪いもの”であるとハッキリと言っています。

聖書は「良い人」であっても誰もが罪人であると断言しているので、多くの人が憤慨し、ついていけなくてガッカリしてしまいます。

イエスは、人がどのような性質を持っているかを明らかにするために、この様な言い方をしているのですが、真実を突きつけられたり、自分の思惑と違うことを言われると、人は嫌な気分になりますよね。

例を挙げると…

イエスは彼を見つめ、その人をいつくしんで言われた。「あなたには、欠けたことが一つあります。帰って、あなたの持ち物をみな売り払い、貧しい人たちに与えなさい。そうすれば、あなたは天に宝を積むことになります。そのうえで、わたしについて来なさい。」マルコ10章21節

お金持ちで、社会的な地位ある人が、イエスからこう言われてガッカリして去って行きました。イエスは、普通に堅実に生きている人、弟子達、家族にでさえ厳しい言葉をかけています。

マルコ10章21節を見ると、イエスは、このお金持ちを愛していましたが、心地好くない応え方をしています。

なぜなら、自分の得になるもの、自分の支えとなっているもの全て喪失する事によって、自分自身を低くして、神の前に悔い改め、神に立ち返ることを促しているからです。

ヨハネの福音書6章には、イエスが人々の事を愛しているが故に、一時の空腹を満たすだけの奇跡を行うのではなく、もっと大きな神の計画である永遠の必要を満たす ”いのちのパン” について教えました。一時の空腹を満たすよりも永遠のいのちを受け取るために、イエスに依り頼むように勧めました。

22歳の時に、自分が同性愛者だとハッキリと自覚し、聖書を通してイエスがハッキリと自分に語りかけているのがわかりました。

イエスは自分を愛しており、恵みと憐れみに満ちた眼差しで、セックスと結婚に関して “心地の良くない” 真理を明らかにしました。

根本的に、イエスは、私たち全ての人を性的に “正しい”とは言っていません。

しかし、わたしはあなたがたに言います。だれでも情欲をいだいて女を見る者は、すでに心の中で姦淫を犯したのです。マタイの福音書5章28節

他の人を性的な対象として見た事がないという人が何人いるでしょうか?

マルコの福音書7章には、性的に不品行、不道徳な行為は、悪だと書かれています。

これは、どういう意味だと思いますか?

「人から出るもの、これが、人を汚すのです。内側から、すなわち、人の心から出て来るものは、悪い考え、不品行、盗み、殺人、姦淫、貪欲、よこしま、欺き、好色、ねたみ、そしり、高ぶり、愚かさであり、これらの悪はみな、内側から出て、人を汚すのです。」マルコ7章20節〜23節

マルコ10章6節〜9節では、イエスが離婚について問われたときに、最初に神が創造された結婚に関する旧約聖書の記述を引用しました。

しかし、創造の初めから、神は、人を男と女に造られたのです。それゆえ、人はその父と母を離れて、 ふたりの者が一心同体になるのです。それで、もはやふたりではなく、ひとりなのです。こういうわけで、人は、神が結び合わせたものを引き離してはなりません。マルコ10章6節〜9節

イエスは、創世記というイエスが生まれた少なくとも1,500年以上は前に書かれた結婚の定義を引用しながら、離婚について説明しています。

結婚が公的なものであり、一生をかけた1対1の男女のコミットメントであると言っているので、それ以外の性的な関係もしくは性的な刺激を助長させる行為は、すべて不品行であると言っています。ユダヤ人であるイエスは創世記に書かれている結婚の定義をそう説明しました。

そして22歳であった私は、自分に問いました。

「私も、イエスの様に、この2,000年以上前に語られた結婚に関する定義を信じるべきだろうか?これを真理だと受け入れるのであれば、私達は皆が悪いものであり、この世界は堕落して、性的なモラルや道徳は完全に壊れてしまっているのではないだろうか?」

私たちクリスチャンは、全員、同性愛者も含めて究極的には、神の言葉を信頼して、実行するかどうかが問われているのです。

22歳の時に、耳が痛いと感じながらも、心の底では神は良い方であり、神の言葉は信用に値すると信じていました。

イエス自身もルカの福音書4章にあるように試みに合われて、何百年も前に書かれた旧約聖書の言葉を引用して、誘惑に勝利しました。

知恵と知識は、イエスの中に見いだせるという事は、常にリマインドさせられています。今回、ロンドンチームの毎朝のミーティングではコロサイ人への手紙を読んでいましたが、自分たちへのリマインドとなりました。

20代前半から、私は聖書の言葉に惹き付けられていきました。

神が創造された結婚は、数カ所だけではなく、聖書のあらゆる話に刻まれています。

神が男女を平等に創造した理由は、二人の交際を通して子孫を増やすためだけではありません。

神が情熱的に人々を愛しているという事を表すためです。神は人々と永遠の関係を結びたいと招いておられます。

神は結婚における男女のセックスを、私たちが天国に行きたいと思わせるために創造されました。

神と一緒に住まうことの素晴らしさを表すためにです。

男女の差があるように、神と私たちには、違いがありますが、関係を築くという意味では共通点があります。

イエスは花婿として、終わりの時に出会う花嫁と呼ばれる教会を待っています。

神は神を愛する人々と一緒になる時が来るのです。

聖書のあらゆる部分で、セックスは一対一の男女の結婚関係のために与えられているという事が語られているのはそのためです。

結婚外のセックスが不品行であり、同性愛のセックスが良くないと書いてあるのは、一カ所だけではありません。

旧約聖書に登場する預言者は、性的な姦淫の罪だけでなく、偶像礼拝(異教の神を礼拝すること)を霊的な姦淫と呼んでいます。

様々な聖書箇所を引用して説明
聖書の最初と最後に出てくる結婚に関する記述  |  創世記1章、2章、黙示録21章、22章
異性愛でも、神に従わなかったケース  |  エゼキエル16章、ホセア書1〜3章
イエス・キリストと教会の関係は、結婚関係を表している | ヨハネ2章、3章、4章  |   エペソ5章

第一コリント人への手紙では、使徒パウロは、教会が 性的に” 正しくない人々” で満ちているという言い方をしています。

ここには同性愛も異性愛も含まれています。イエスはこの様な人々に恵みと憐れみに満ちた眼差しで近づき、性的に正しくない私たちに触れてくださり、清めてくださるのです。この罪のために、イエスは十字架にかかり、赦してくださいました。

あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。1コリント6章9-11節

イエスの厳しい教えを聞いたときに、つまり、同性とセックスをする事ができないという事を聞いても落胆したり、絶望しなくていいのです。

聖書に登場する金持ちは、イエスの教えに落胆しましたが、私は同じようには絶望しませんでした。イエスがご自身の命を私たちのために捧げてくださったからです。

イエスを信じて、罪を罪だと認めて、悔い改めたら、その罪は赦されて神の家族に迎え入れられます。

サマリヤの女が体験した様な事もあり得るのです。

ヨハネ4章  : イエスとサマリヤの女とのやりとり

多くの人から、同性愛者として生まれた自分自身を否定しているのでは?と言われることがあります。

確かに自分は、生まれつきの同性愛者かもしれません。もしかしたら環境が影響したのかも?正直言って、どうしてそうなったのかは、分かりません。どうして、そうなったのかという事が問題ではないのです。原因を追求する事に、こだわりすぎると論点がずれてしまいます。

なぜなら、人間はみんな罪人だからです。イエスは私たちが皆 ”悪いもの” であると評価しています。つまり、神の目から見ると誰一人として正しくはないのです。良い事にでさえも、悪い動機や悪い思いが含まれている事があります。

聖書の “悪いもの” の定義を見ると、神の言葉を無視した状態が ”悪い” と定義されています。

エデンの園でアダムとエバが体験した事もそうです。神の言ったことを信頼せず、神の言葉を無視した結果が罪となりました。

神の言葉を無視したことがキッカケで、人類は堕落してしまったのです。

私たちは、様々な部分で堕落しています。性的な問題だけでなく、あらゆる分野で堕落しています。貪欲、嘘、偽り、神よりもお金に頼って、怒りの心を抱えています。ですから、同性愛のセックスが世界中で一番堕落しているという訳ではありません。全ての堕落が、神の言葉を無視した結果として表れているのです。私たちは、みんな、同様に罪人なのです。

同性に惹かれる同性愛者にとって、同性愛の性的関係を否定することはフェアじゃないと思われる方もいるかもしれません。

しかし、聖書には、私たちは罪人として生まれたと書いてあり、自分が抱えている罪に対して自分が責任を持たなければならないのです。

自分が両親から良い性格や悪い性格を受け継いだら、それに対して、自分が責任を持たなければならないのと同じようにアダムとエバから受け継いだ、神の言葉を無視する性質である罪に対する責任を負う必要があるのです。

[ Q & A タイム ]

質問 : 同性愛の性的関係を持てないことで、満たされないと感じることがありませんか?

結婚関係にある性的関係だけが、自分を満たすものであるというのは、大きな思い込みです。幸いな事に、聖書を通してイエスが確信を与えてくれています。

御言葉を通して、教会の家族を通して、神との関係における 一過性の満たしと”永遠の” 満たしを体験しています。

人は神のかたちに似せて造られて、神と関係を持つように創造されました。父、御子の関係に招き入れられたのは、最高のプレゼントです。

聖書の御言葉に耳を傾けると、神は御言葉を通して、自分の祈りを通して語ってくださいます。

子どもが親の言葉を真似していうように、父なる神に素晴らしい御言葉を返します。

幸いなことよ。悪者のはかりごとに歩まず、罪人の道に立たず、あざける者の座に着かなかった、その人。まことに、その人は主のおしえを喜びとし、昼も夜もそのおしえを口ずさむ。その人は、水路のそばに植わった木のようだ。時が来ると実がなり、その葉は枯れない。その人は、何をしても栄える。詩編1篇1-3節
主は私の羊飼い。私は、乏しいことがありません。主は私を緑の牧場に伏させ、いこいの水のほとりに伴われます。主は私のたましいを生き返らせ、御名のために、私を義の道に導かれます。たとい、死の陰の谷を歩くことがあっても、私はわざわいを恐れません。あなたが私とともにおられますから。あなたのむちとあなたの杖、それが私の慰めです。私の敵の前で、あなたは私のために食事をととのえ、私の頭に油をそそいでくださいます。私の杯は、あふれています。まことに、私のいのちの日の限り、いつくしみと恵みとが、私を追って来るでしょう。私は、いつまでも、主の家に住まいましょう。詩篇23篇

ですから、本当に満たされない時は、私が神の言葉を聞いていない時です。

神と教会の関係を見ても言えますが、自分が必要としている以上の素晴らしい”関係”をキリストと教会の中で体験しています。

結婚は人は一人でいるのは良くない、という理由で創造されました。家族の始まりです。

新約聖書では、結婚の焦点が、血のつながった家族から、キリストの家族へと移行しています。

結婚をしていなくても、神の家族の中で、関係を築くことができ、大勢の人のために仕えることができるのです。

イエス・キリストも使徒パウロも独身でしたが、大勢の仲間や友達がいました。

イエスは言われた。「まことに、あなたがたに告げます。わたしのために、また福音のために、家、兄弟、姉妹、母、父、子、畑を捨てた者で、その百倍を受けない者はありません。今のこの時代には、家、兄弟、姉妹、母、子、畑を迫害の中で受け、後の世では永遠のいのちを受けます。マルコ10章29節〜30節

ガラテヤ書には、より多くの人に仕えるために結婚をしないという選択があるという事が書かれています。

それは、お互いに重荷を負い合い、助け合う必要があるからです。

それは啓示によって上ったのです。そして、異邦人の間で私の宣べている福音を、人々の前に示し、おもだった人たちには個人的にそうしました。それは、私が力を尽くしていま走っていること、またすでに走ったことが、むだにならないためでした。ガラテヤ2章2節

私が同性愛で葛藤しているというという事をオープンに話をすると、他の人が自分の葛藤についてオープンに話してくれるようになって、教会の雰囲気が変わりました。罪を罪だと認めて、周りの人も告白しやすくなり、悔い改めへと導かれます。

質問 : 今でも、同性に惹かれ、誘惑に感じることはありますか?それに対して、どう対処していますか?

あります。常に悔い改める必要があります。同性愛であるが故に、神をもっと信頼しなければならないという状況におかれていますが、それは、他の人がもっと神を信頼しなければならないと、悔い改めるキッカケや助けにもなります。自分の弱さを自覚しています。同性愛であるが故に、プライドは崩され、自分が正しいと思える全ての要素が打ち砕かれていますが、これが神に向かい、神の支えを求める動機になります。

神から離れている事を悔い改め、御言葉の中でキリストとの関係が養われる事に感謝しています。

神に立ち返り、悔い改め、周りに仕える事を通して、神との関係や人との健全な関係が与えられるのは、幸いだと感じています。

質問 : 本当の意味では、幸せになれないのでは?

私には、何人か同性愛のクリスチャンの友達がいます。

同性愛の関係を持つことが、自分たちの幸せに繋がると思い、イエスに従うことを辞めてしまいました。自分達のフィーリング、感情、感覚、つまりHAPPINESS(幸せ)を優先するがために、同性愛のセックスに同意していない聖書を読むことを辞めて、イエスを捨ててしまいました。リベラル(何でも良いと考える)派のクリスチャンでさえ、聖書を文字通り読むと、ゲイのセックスは良くないと書いてあると認めています。ですから、今現在の自分の幸せを求めている人たちが、イエスに従うことを辞めてしまう事に驚かなくなりました。イエス自身、このことを”刈り取り”のたとえで、話をしています。

クリスチャンの人生は、幸せを追い求めることではありません。神を追い求めて生きる事なのです。

世の中では、個人の幸せ、快適さ、その他の自分を満たしてくれるものを追い求めることがよい良い事だと信じられています。

「自分の十字架を負って、私について来なさい。」というイエスの言葉は、敢えて無視して生きています。

なぜなら、それには、ある程度の犠牲が伴うからです。

楽ではありませんし、イエスはこう言っています。

「いのちに至る門は小さく、その道は狭く、それを見いだす者はまれです。」マタイ7章14節

ですから、教会は、個人の幸せではなく、神を信じて、神を追い求める事をチャレンジしていかなければなりません。

あなたが同性愛の人にセックスを辞める必要があると言うのであれば、あなた自身は、神を求めて自分のどの分野を捧げる準備ができているでしょうか?

お金  :   教会が教会として機能していくための、金銭的なサポートを捧げる?

時間、仕事、キャリア   :  コミュニティグループや周りの人に仕えるための時間を捧げる?

自分の好きな場所に行く余暇のホリデー :  自分の好きなことに使っている分を、神学生やインターンを支える事に捧げられる余地がある?

結婚している人 :  独身の人たちを家に招いて、家族の暖かさを体験する時間を提供できる?

結婚したいという祈り : 自分の幸せを追い求めて結婚したいと願う代わりに、神による満たしを追い求め、イエスの様に造りかえてくださいという祈りを捧げる?

本当の幸せは、神との関係の中に見いだせるものです。結婚関係の中に見いだせるものではありません。

教会が、結婚の中に安定を見いだせるという言い方をする事がありますが、結婚している人も、神を追い求める必要があります。

独身であっても、神との満たされた関係を見いだす事ができるのです。神からの満たしを体験するために、結婚する必要はないのです。

教会の教えの中に、独身者に対する積極的かつ肯定的な見方が必要ですし、より良い関係を築く事を促し、励ます必要があるのです。

私は、イエスの為に犠牲を払って生活している人を見ると、とても励まされます。

沢山のお金を持っていても、安いホリデーに敢えて行って、宣教のために多くのお金を捧げている人。教会に捧げる金額に加えて、節約しながら月々10万円を捧げて、国内外における宣教活動をサポートしている人。自分の生活は節約して、貧しいクリスチャンを支えるために月々10万円を捧げている人。自分のために時間やお金を使うのではなく、自分にはメリットのない周りの人のために時間やお金を捧げている人。勇気を出して、職場で福音を伝えたが故に、周りの人から嫌がらせを受けている人。

質問 : 若い人にセックスをしてはいけないというのは、ちょっと酷なのでは? 同性愛を認めない事が、若者の自殺につながるのでは?

自殺の問題は、性的な問題以上の問題だと思っています。同性愛者として、オープンにして生活していても、様々な理由で鬱になっています。

同性愛者でも、そうでない人でも様々な理由で自殺をしています。

成功者と言われている人でさえ自殺します。

むしろ、先ほど引用した第一コリント人への手紙6章にあるように、神の国に入ることができない事を知っていても、伝えない事の方が酷なのでは?と思います。

あなたがたは、正しくない者は神の国を相続できないことを、知らないのですか。だまされてはいけません。不品行な者、偶像を礼拝する者、姦淫をする者、男娼となる者、男色をする者、盗む者、貪欲な者、酒に酔う者、そしる者、略奪する者はみな、神の国を相続することができません。あなたがたの中のある人たちは以前はそのような者でした。しかし、主イエス・キリストの御名と私たちの神の御霊によって、あなたがたは洗われ、聖なる者とされ、義と認められたのです。1コリント6章9-11節

[ 参加した人達の感想 ]

● 私はイギリスに住んで、クリスチャンの方の家でホームステイをしていましたが、確かにお金を持っていても、そうでないかの様に節約した生活をしながら、安いホリデーを選んで、宣教の働きをサポートしていました。他の教会では、同性愛を認めているところもありますが、私が行っていたSt.Helen’s Bishopsgate Churchは、同性愛者を受け入れても、同性愛の関係は認めない事が古い教えの様な気がしていましたが、今回、色々聞くことができて良かったです。

● 同性愛の友人が、同性愛を肯定している教会に行きましたが、結局、聖書の解釈がおかしい事に本人も納得がいかない様で不満気でした。聖書を断片的にしか読まないので、都合の良い解釈をするという事に疑問を感じてしまう様です。

● 日本だと同性愛であるという事をなかなかオープンにできないので、私の周りには同性愛の知り合いがいません。同性愛に関して、先天性の場合など、どう捉えたら良いかわからなかったのですが、全てが同じ罪、つまり、同性愛だけが最悪な罪なのではなく、親から受け継いだ”怒り”の感情を取り扱うのと同様に、神から離れている状態が罪だと聞いて、納得できた気がします。安心しました。

● 私の周りには、沢山の同性愛の友達がいます。同性愛であってもそうでなくても、「神の国を相続することができない」可能性を、周りの友達に正直に伝えていない事を、改めて考えさせられました。聖書の福音を分かち合うのは、自分の罪を認めることから始まるので、もっと正直になる必要があるのと、周りの人への愛が足りないと思わさせられました。

● 私たちは、同性愛のカップルです。同性愛であるが故に若い自殺者がいる事に心を痛めています。


 

この様な2時間のディスカッションはあっという間に終わりました。今回ライフストーリーを分かち合ってくださった方は、私にとって愛すべき大切な友人の一人です。

友人として、クリスチャンとして、神の家族として、彼の事を心から尊敬しています。性的な事は、話しづらいトピックスですし、恥ずかしいと思える事でもあるのに、オープンに話してくれた事に心から感謝しています。

誰にでも多かれ少なかれ、弱さがありますし、それぞれに長所、短所、様々な傾向があります。

失敗する事は沢山ありますし、あまり良くないと思える状況下に置かれる事もあります。周囲からは「ダメな人」だとレッテルを貼られる可能性は、いくつかの条件が揃ってしまうだけで、いくらでもあります。

私たちは、他の人から批判されたり、非難されたりしますが、イエスは、私たちに向かって「私のもとに来なさい」と語りかけてくださっているのです。大勢の人が沢山の重荷を負って生きている事をイエスは知っているのです。

最後に、ナンセンスなのは、百も承知ですけれど…(^^;) 地球の重力が重たい理由は、人々の罪の大きさが重たいからなのではないか?と思うことがよくあります。科学的には、正しくないのですが、私の頭の中にはそのようなイメージが浮かびます。

私たちの性質、傷、根本的な傾向が肩に重くのしかかるときに、疑心暗鬼になって人を信じられなくなったりもします。

イエスは、聖書を通して、今もなお私たちに語りかけてくださっているので、私たちが、聖書の御言葉によって応答していく事ができるのは、神との関係を取り戻す最大のチャンスなのかもしれません。

長いレポートとなりましたが、読んでくださりありがとうございました!

What happens when life doesn’t make sense?

“What the bible says about same sex attraction”?

Introduction

I became a Christian aged 12.

Looking back, I can see I was attracted to men from around the same age.

Finally concluded I was exclusively attracted to guys aged around 22.

Told first person about it aged 25 – friend at church.

Now many people in my church know.

I believe that even though I’m attracted to men, God’s Word, the Bible, tells me I shouldn’t have sex or seek any form of sexual stimulation from men.

That obviously is a very controversial statement for many people to understand and accept.

When I was 22 and finally realised I was attracted to guys and could potentially try dating them, how did I decide whether I would do so or not?

I’d been a Christian for 10 years and believed God’s Word was true. So I knew I had to turn to the Bible.

As I turned to the Bible, I was very aware that Jesus, because he loves us and is gracious towards us, says things that make people uncomfortable – Jesus’ words provoke strong reactions – some love them but others hate them.

So for example, I knew that Jesus says that people are “evil” (eg Matthew 7:11).

And he does this on purpose, to expose what people are like – both the powerful and the weak.

An example of a powerful person being upset by God’s Word is the rich man in Mark 10:22. He goes away sad and disheartened because he doesn’t want to obey Jesus and sell his possessions.

Jesus criticises ordinary people too – his own family, the disciples.

In John 4, the Samaritan woman, an outcast in her society because of her multiple marriages, is shocked when Jesus firmly exposes her false religious beliefs and her sexual failure.

He tells weak, hungry people who beg him for bread in John 6 that he won’t give them any.

But remember, the reason Jesus makes people uncomfortable is because he loves them (Mark 10:21). He makes them feel uncomfortable and despairing for their benefit. So that they’ll repent and turn to him. For the people in John 6, Jesus loves them so much he wants them to see he has a bigger agenda of satisfying their eternal needs, not meeting their immediate hunger. He wants them to depend on him for eternal life more than food.

So as a 22 year old who had finally concluded I was same sex attracted, as I turned to the Bible, I was also very aware that Jesus, because he loves us and is gracious towards us, teaches uncomfortable truths about sex and marriage

Essentially, Jesus exposes that none of us is sexually “straight”

In Matthew 5:28, lusting after a woman is the same as adultery. How many people can honestly say they have never listed after someone?

In Mark 7, Jesus says that sexual immorality is evil. And what does he mean by that? Well, when questioned about divorce in Mark 10:6-9, he uses a definition of marriage written at least 1500 years before he lived, in Genesis. He says that marriage is a public, lifelong commitment between one man and one woman – meaning that any form of sexual activity or stimulation outside of that framework is sexual immorality. That is what a Jew like Jesus at that time would have believed, based on Genesis.

And I guess the question for me aged 22 and for of us is “Will we too, like Jesus, believe words that were spoken nearly 2000 years ago to define marriage?”

And will we then admit that, because of the fall, because we are all evil, all of us have fractured sexualities?

Similarly, the challenge we face as Christians when dealing with same sex attraction is ultimately – will we accept the trustworthiness of God’s Word?

At the aged of 22, I knew deep down that God is good and that his words are trustworthy, even if hard to hear. I knew Jesus was prepared to trust words written hundreds of years before when he was tempted by the devil in Luke 4. I also knew that all wisdom and knowledge is found in Jesus – we’ve been reminding ourselves of that on the London Team this week in Colossians.

Since my early 20s, as I’ve dug deep into the Bible more and more, I’ve realised that God’s marriage blueprint is not just found in a few verses, but that it’s woven into the whole Bible story.

The reason God created man and woman as equal but different sexual beings was not primarily for making babies or for companionship, but to help everyone understand how passionately God loves his people. To show us that God wants to marry his people forever.God gave sex in a marriage between a man and a woman to make us want to go to heaven. To illustrate just how passionately God wants us to live with him forever.

There is a difference between God and us, just as there’s a difference between man and woman – yet both can be brought together in passionate relationship. It’s as if Jesus looks down the aisle at his bride, the church, at the end of time, and smiles. God will be with his people. If you redefine marriage as between two men or two women then you imply there’s essentially no difference between God and his people. But thee is a difference.

That’s why a marriage between one man and one woman as a picture of God eagerly desiring his people appears throughout the Bible. So the case against gay sex is not just a matter of a few verses.

Examples:

Marriage at beginning and end of the Bible (Genesis 1 and 2 and Revelation 21 and 22).

Heterosexual marriage shows how terrible it is for people to be unfaithful to God when he loves them so much (Ezekiel 16 and Hosea 1-3).

Old Testament prophets often speak of spiritual adultery.

Song of Songs is about God’s passionate love for his people as illustrated by sex and marriage.

Jesus is described as the bridegroom in John 2,3 and 4.

Paul in Ephesians 5 quotes Genesis to say marriage is a picture of a relationship between Christ and the church.

I also saw in 1 Corinthians 6:9-11 that the church has always been full of people who weren’t sexually straight – people who had been sexually immoral heterosexually  and homosexually. Jesus has by his grace washed, sanctified and justified all of us who aren’t sexually straight who are trusting him for forgiveness.

So I don’t need to despair when I hear Jesus’ hard teaching that I can’t have sex with a man. I may be like the rich ruler and initially be sad about Jesus’ teaching, but then I see that Jesus hasn’t left me to despair. He’s given his life for me. If I repent and believe that, then I’m welcomed into his family, the church.

Just like the Samaritan woman, I get married permanently, forever, to Jesus when I turn to him, and can be a member of God’s chosen people.

Questions : But many say, aren’t you denying who you are? Aren’t you made that way?

Yes, from my perspective, I was probably born gay – environmental factors may have played a role, but I don’t know for sure. The cause doesn’t really matter.

Because I know that Jesus assessment of all of us is that we are born evil. That even the good things we do are to some extent tainted with evil motives. And when I look at the Bible’s definition of evil, I see that ultimately it means rejecting God’s word. That’s what happened in the Garden of Eden when Adam and Eve didn’t trust what God said. And that rejection of God’s Word means that humanity is broken. One area of our brokenness is our sexuality, but it includes all other sins too – greed, lying, cheating, looking to money rather than God for my security, being angry. Gay sex is not an act that is worse than others. All acts that stem for our rejection of God are equally sinful.

We may think it isn’t fair that some people are attracted to people of the same sex. But the Bible says that even though we’re born sinners, we are still responsible. We have no problem saying that people who inherit good or bad characteristics from their parents are still responsible for what they do. Similarly, we inherent sin from Adam and are held responsible.

Questions : But you might still think I’m starving myself. That I can’t be truly satisfied or happy unless I’m in a gay relationship. 

That makes a huge assumption that marriage and sex are where we find intimacy.

Thankfully, the Bible assures me that because I have Jesus and my church family, I have all the intimacy I could ever need.

Because I’m in Jesus’ family, I enjoy a rich feast of intimacy both now and in eternity.

I was created in God’s image to relate to him. The Father-Son relationship is a precious gift. In fact the language used to describe the relationship between Adam and his son Seth deliberately echoes the relationship God has with us (“in his image”).

The Father-Son relationship is something I already have in Jesus. John 1 says I have become a child of God. My relationship with God that was destroyed at the Fall has been restored. I’ve been welcomed home forever by God’s grace.

I experience that as I listen to God speak to me in the Bible and as I respond to him in prayer. As I repeat back to my Father the wonderful words he has given to me (just as children repeat the words of their parents). Psalm 1:1-3.

Psalm 23 tells me that because the Lord is my Shepherd, I lack nothing. I am not starving myself by missing out on a sexual relationship.

The only way I can starve myself is by not listening to God’s Word.

God has also given me my church family so that I have all the intimacy I’ll ever need.

Genesis 2 tells us that marriage was created as it was not good for man to be alone. The result of marriage is families – and in the New Testament, the focus moves off the biological family to the church family. In Christ, I have been given a church family (Mark 10:29-30). This is where I can form a whole range of intimate relationships. I don’t need exclusive friendships – I can serve lots and lots of people as a friend. Jesus and Paul were both single and had a huge number of friends.

The way I experience intimacy in these friendships is to share intimacies. We carry the burdens and struggles of each other. Galatians 2:2.

Same sex attracted people can change church culture. As I have opened up about my struggles, others have opened up about where they find it hard to live sacrificially for Jesus.

I’m thankful God has used my sexuality to drive me to depend on him more and encourage others to do the same. I know I’m weak and vulnerable. This shatters my pride and self-righteousness and causes me to cry out to him to sustain me. I want others to know that intimacy too. It’s not easy – so I often need to repent. To repent of distancing myself from God and his Word and growing the intimacy that I already have in Christ.

I know that’s hard in Japan but I would strongly encourage you to do it. I have received tremendous support from friends at St Helen’s (people in my small group and some who are same sex attracted too) and I think it would be great if same sex attracted people at Grace City could be comfortable about discussing sexual issues they are struggling with, so that the burden and struggle can be shared. In the Western church, Christians only started doing this once the gay agenda was being debated in the public arena. In Japan, the church could take the lead here. It’s not being discussed in society, so wouldn’t it be great if people started talking about it in the church and showing Japanese society how true intimacy is found? It is possible – I know of a Japanese guy who is same sex attracted in Hokkaido and yet has decided to repent of sleeping with men and follow Jesus.

I am also involved with families at church in London. Get to be a dad to loads of kids – read stories, watch films, have meals. I got to look after Momoko’s daughter in London so Momoko could attend a Bible study for non-Christian Japanese people in London.

Questions : But surely you can’t really be happy?

[I’ve had a few same sex attracted Christian friends who’ve stopped following Jesus because they thought that a gay relationship would make them happy – they’ve abandoned Jesus for this reason, based on feelings mainly, because they’ve found it very hard to make the Bible say that gay sex is ok. Even many liberal scholars say the plain reading of the text is clear – that gay sex is clearly prohibited in the Bible. In the end, I’m not surprised that the attraction of immediate happiness causes some people to stop following Jesus though. Jesus himself said this would happen in the parable of the sower.]

The Christian life is not about happiness. Its about Godliness. Yet in our culture we idolise personal comfort and happiness above everything else. We ignore the fact that Jesus says we must take up our cross and follow Him. It involved sacrifice. It is hard. Jesus himself says that the way his kingdom is hard and few are those who find it.

So the church does need to be challenged to pursue Godliness above happiness. If you’re expecting same sex attracted people in the church to give up gay sex, then are you too prepared to give up what you might be pursuing at the expense of Godliness? Money to support the work of Grace City? A good career so you have more time to serve your community group? A nice holiday so that you have more money to support the SALT team? If you’re married, are you inviting single people round to your home regularly to share in family life? Are you praying that you would get married so you’ll be happy or are you asking God to make you more Godly and content and more like the Lord Jesus whether you get married or not? True happiness is found in Godliness not marriage. So married people need to pursue Godliness. The church has often promoted marriage as the answer to everything. It isn’t. Godliness is. And you can be Godly as a single person. So positive church teaching about singleness and friendship is urgently needed.

I am so encouraged when I hear that people who aren’t same sex attracted are living sacrificially for Jesus. I know that they too are giving up something they really want to do (like me staying celibate when I really want to have a sexual relationship with a guy).  Examples:

Christians with lots of money having cheap holidays so they can give more money for gospel work.

I knew someone who once gave 1000 US dollars a month to help a Christian worker overseas. That was on top of the money he was giving to his own church every month.

I know someone who for many years has been helping a poorer Christian in his church by paying 1000 US dollars per year into the poorer Christian’s pension fund.

I’ve heard of a person being mocked in the workplace for taking the brave step to speak openly about Jesus in their office.

Questions : Are’t we being cruel? If we tell young people they can’t have sex with people if the same sex, doesn’t that lead to suicide?

I think it’s probably more complicated than just sexuality driving people to suicide. There are also many gay people who are completely “out”, yet utterly depressed for a whole number of other reasons. And we know that even successful people commit suicide.

I could equally look at 1 Corinthians 6 and say, “aren’t we being cruel to young people if we tell them that gay sex is OK, because that will mean they miss out on living without God for eternity?”

Thank you for reading.

2018年春のリトリート、まだまだご参加募集中!

グレースシティ春のリトリート2018

ゴールデンウィークもいよいよ来週に迫りました!
グレースシティでは、毎年ゴールデンウィークには軽井沢でリトリートを開催しています。

今年の日程は5月3日(木)〜5日(土)までで、まだまだご参加募集しております!

グレースシティでは、春のメッセージシリーズとして「人生のフラストレーション」を題材にメッセージをしてきました。

今回のリトリートの題材は、一転変わって「REBUILD(再建 – 回復から宣教へ)」。フラストレーションからの回復をテーマに、ヨナ書を学んでいきます。人々の人生や都市が神のみこころにしたがって霊的に建て直されるために、どのように福音を伝えるミッションに取り組んだらよいでしょうか。私たちの使命にフォーカスします。

軽井沢でのリトリートは、都会の雑踏から離れ、美しい自然の中で心を沈め、神様のメッセージと向き合える機会となります。
また、普段あまり話すことのない教会のメンバーとも、ゆっくり交わる時間を持てます。
自由時間には軽井沢の街を探索したり、ハイキングやテニスなどを楽しんだりもできます。

ゴールデンウィークの予定はまだ決まっていない、行くか悩んでいるという方は、ぜひ迷わずカモン\(^o^)/

過去のリトリートの様子を、以前のブログでレポートしています。参考にしてみてくださいね!

 

春のリトリート@軽井沢レポート!その1
春のリトリート@軽井沢レポート!その2

「この教会に5年近く通っていながら、リトリート参加は実は初めてのわたし。教会のキャンプというと、朝から晩までメッセージを聞いたり歌を聞いたりゲームをしたり交わりをしたりで、自由時間は3時間(笑)といったものにしか参加したことがなく、それもそれで恵みは多いのですが、正直後から疲れが来てしまったりするんですよね(歳か)。そういった点では、グレースシティのリトリートはいい感じに「緩く」て、とてもリラックスすることができました!そもそもグレースシティは、東京で忙しく毎日を過ごしている人たちに福音をもたらすために設立された教会なので、普段の礼拝の時間帯も午後から。リトリートでは心と体を休められるように、ゆったりとしたスケジュールに設計されているんですね。都会に住んでいる私たちには、ついつい忙しい生活に追われて、自分の人生や神様との関係について考え直す機会が持てないものです。そんな私たちにとって、リトリートはいつも見落としがちな大切なものを振り返る良い時間となります。」―結実

 

リトリートで体験したことについて

リトリートでは神様の大きな恵みと、感謝に溢れる2泊3日を過ごしました。これ以外にも、神様が創造された美しい自然、毎日食べたくなるようなおいしいジェラート屋さん、行列の出来る焼き鳥屋さん等、軽井沢には素敵な魅力がたくさんあります。ハイキングをしたり、スポーツをしたり、夜な夜な語り合ったり、日曜日の礼拝とは一味違った、兄弟姉妹としての深く交わりの時間を持つことが出来ます。」-奈央

 

秋のリトリート参加レポート~恵みあふれるQuality Time

「今回の参加を通じて再認識したリトリートの魅力、それは主にある共同体、すなわちコミュニティを体験できる事です。 時間的、空間的な制約の比較的弱い環境の中で、改めて神様に仕えること、その為にともに励まし合うことを経験出来る素晴らしい機会であると思います。」-良介

 

—-開催概要—-

【日時】5月3日(木) 14:00現地集合、5月5日(土)12:00現地解散

【参加費】10,000円(交通費別、2泊2食付き)
(小学生以下5,000円、中学生以上8,000円)

【集合場所】軽井沢ユニオンチャーチ Annex

【お申込み】こちらにメールにてお申込みください

The London (and Singapore!) Team’s 2018 Visit ロンドンチーム来日!

[ ロンドンチームからご挨拶 ]

Greetings from the London Team : English follows after Japanese

みなさん、こんにちは。ロンドンチームのマークです。

今回は6名(ロンドンから5名、シンガポールから1名参加)のチームで日本に行き、短期の宣教活動を行います。グレースシティチャーチ東京の皆さんと一緒に、主のために働くことができるのを楽しみにしています。

「ロンドンチーム」と呼ばれているこのチームは、年一度、春に日本を訪れています。グレースシティチャーチ東京を訪問するようになってから、かれこれ数年が経ちました。

メンバーの中には、過去に出張や旅行、短期宣教チームとして来日した事があるメンバーと初来日というメンバーがいます。メンバーのプロフィールはコチラ

毎回、新しい出会いがあり、日本の兄弟姉妹達と再会し、東京の仲間達と一緒にイエスの福音を分かち合う事ができるのは嬉しい事です。

今年は一週間にわたる「人生のフラストレーション」というミッションウィークをサポートをしてほしいというリクエストがありました。今回のミッションウィークはこれまでに比べて、スケールが大きいですが、各コミュニティグループが少なくとも一つのトークイベントを主催し、企画していると聞いて励まされています。

私たちは、これまでイースター(復活祭)の時期に日本を訪問していたのですが、年度末と年度初めの時期をさけた方が良いという事で、敢えてイースターの2週間後(4月の3週目)という時期にスケジュールを組みました。タイミングとしては、皆さんにとってイベントに参加しやすい時期だという事を想定していますので、お知り合いの方々をぜひイベントに誘って頂けたらと願っています。

福音を恥ずかしがる必要はありません。

私は福音を恥とは思いません。福音は、ユダヤ人をはじめギリシヤ人にも、信じるすべての人にとって、救いを得させる神の力です。ローマ人への手紙 1章16節

ぜひ、勇気を出してご家族、友達、同僚の方を誘ってイベントに誘って参加してください。たとえ、断られたとしても、心配しないでください。神は全ての状況を把握してくださっているので、失敗ではありません。

神が最高の主権者である事実と、この世界を救うための計画は今回、取り扱われる「ヨセフ物語」を通しても見ることができます。このミッションウィークで皆さんは私たちと一緒にヨセフの人生を探求します。グレースシティチャーチ東京に行っている方は、もうすでに創世記に書かれているヨセフの人生に関する聖書の箇所を学んでいると聞きました。ミッションウィークのディスカッションのテーマや課題に関して何かしら耳にしているという事ですので、その準備ができていれば、参加される方々の質問に答える備えもあるという事ですね。

各イベントやランチタイムミーティングで私たちの証しや体験談を分かち合ってほしいと依頼された事も嬉しく思っています。この一週間を通して、この世界における神の福音の計画、誰でも変わる事ができるチャンスがあるという事実を知ることができるでしょう。神は私たちに働いて、誠実になる力を与えてくださり、プライドや誘惑を取り扱ってくださいます。セルフイメージや自分のアイデンティティ、仕事、成功するとはどういう事かに関しての見方も神は変革してくださいます。この課題は、多くの人がどうしたら良いか分からないと思っている課題ではないでしょうか?

ですから、皆さん、ぜひ私たちと一緒にお祈りください。主が日本におられる多くの方々に触れてくださるように。トークやディスカッションイベントに参加する事ができ、人生の問題の解決のためには、イエスの赦しが必要であると目が開かれるように。神の新しいコミュニティの中に入り、神のご計画に沿って生きて行きたいと思うことができるように。

何か事情があって、イベントに来られなかった方とは、私たちが個人的に会えるかもしれません。お知り合いの方をロンドンチームに紹介したいと思っておられる方がいましたら、ランチやお茶をしながら会うことができますので、ぜひ、コチラにご連絡ください。グレースシティのスタッフが私たちのスケジュールを確認して調整してくれます。

ついに明日、4月15日(日)から最初のイベントが始まります!

私たちロンドンチームは、このセッションから参加しますので、教会のために、福音のためにもっと用いられたいと願っている人がいたら、皆さんのアイディアを創造的に広げるよい機会です。ぜひ、ご参加ください。

最後に、お時間がありましたら、ロンドンチームのためにお祈りください。

私たちは毎日、チームミーティングでコロサイ人の手紙を学びながら祈りの時を持ちます。福音によって一致する事ができ、愛をもって喜びながらお互いのために仕えることができるように。全てにおいて満たしてくださる最高のイエスの話に耳を傾ける時に、お互いが励まされて刺激を受けることができるようにも、お祈り頂けますと嬉しいです。

私たちを受け入れるために尽力してくださっている日本の皆さんに心から感謝しています。

ありがとうございます!

明日から皆さんとお会いできる事を楽しみにしています。

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ミッションウィーク イベントスケジュール with The London Team

– Mission Week Events Schedules – 詳しくはコチラ

[ 福音的ネットワーク Gospel Network トーク&ディスカッションイベント ]

4月15日(日)①11:00 – @KDDI HALLロビー  ②17:30 – @南国亭 神田2号店

[ コミュニティグループ イベント ]

4月17日(火)神田 19:30-21:30

4月18日(水)六本木 or 表参道 19:30 – 21:30(予定)

4月19日(木)渋谷 19:30 – 21:30

20th April Fri in Azabujuban 18:00 – 22:00 – English Only

[ 4月21日(土)特別トーク&ディスカッションイベント ]

①月島 13:00 – 15:00  テーマ 「人生の不条理」  *聖書的観点から同性愛についてのディスカッション 定員30名

②神田  15:00 – 17:00  テーマ:「成功と失敗」 定員20名


 

THE LONDON TEAM イベントに関する 申込み & 問合せ


 

Hello everyone. This is Mark from London. Along with six other members of our team (five from London and one from Singapore), we are looking forward to spending ten days partnering in the Lord’s work with everyone at Grace City Church Tokyo.

The “London Team”, as you have kindly named us, has been coming to Grace City Church annually in the spring for several years. As before, the team comprises some who have been to Japan before (on business, on holiday or as part of a past London Team) and some who have not. Every time we visit, it is a joy to make new friends and reconnect with brothers and sisters in Japan as we reach out to Tokyo with the good news about Jesus. Here are the profiles of the team members.

This year, you have asked us to help with a week-long series of evangelistic talks called “The Frustrations of Life”. This is the first time we have worked together on such a large mission. We’re encouraged to hear that each Community Group is backing at least one of the talks and putting in lots of effort to plan them.

The dates for our 2018 trip fall two weeks after Easter. We specifically chose not to come in the week leading up to Easter Sunday as we have done previously, because Easter Week fell during at the end of March and we knew that many non-Christian Japanese people working in Tokyo would not be able to come to events then because of deadlines connected to the close of the financial year.

Therefore, we hope the timing of the trip is ideal for you to invite your colleagues – those you have been working with for a long time, and perhaps even some who joined your workplace at the beginning of April.

Remember that the gospel is nothing to be ashamed of (Romans 1:16), so we pray that you would be bold to invite your family members, friends and work colleagues. Even if people turn down your invitations, don’t worry. You have not failed, because God is still in control of everything.

In fact, God’s unstoppable sovereign rule and plan to save the world are big themes in the life of Joseph that we’ll be exploring together during the mission week. It’s great to hear you’ve been studying Joseph’s story in Genesis at Sunday services recently, because this means that during the discussion times at the mission week events, you will be well equipped to answer questions from those who come along.

We’re really grateful that Grace City Church has asked us to give our testimonies at these events and at the midweek lunchtime talks too. Over the course of the week, we’ll hear about how God’s gospel plan for the world makes it possible for anyone to be transformed – how it empowers us to live with integrity and deal with pride and temptation, and how it changes the perspective we have on our identity, our jobs and what it means to be successful. These are topics that many people want guidance on, so please pray with us that the Lord would bring many Japanese people to hear the talks and open their eyes to their need to accept the Lord Jesus for forgiveness and be brought into God’s new community, wanting to live in line with God’s plan.

If for any reason someone who you invite to a talk cannot come, we would love to meet them over coffee or lunch. Please ask the Grace City Church staff about slots during the week when you can introduce your friends to the London Team.

And don’t forget that this Sunday 15 April at 11.00am, before the first service, we’re helping lead a session on supporting gospel work. Come along if you want to think creatively about how you can partner more effectively as a church family in backing gospel projects.

Finally, if you have time, please pray for the London Team – that we’d love and serve one another sacrificially and be united in the gospel, and spur each other on as we hear about the sufficiency and supremacy of Jesus in our daily Colossians team study and prayer time.

Thank you for the hard work you have already done preparing for our arrival. We look forward to seeing you soon.

You can find the MISSION WEEK EVENTS SCHEDULES from here.

何もしなくていい、ただいるだけでいい – It’s ok to just “be”

何もしなくていい、ただいるだけでいい - It’s ok to just “be”- illustration by Yumi Idomoto

こんにちは、グレースシティの結実です。

私は今、お腹の中で子供を育てています。
出産はあと2カ月後に迫りました。
感謝なことにつわりもなく、今までわりと順調に健康的な妊娠生活を送ることが出来ていたと思います。

でも妊娠も後期に突入し、最近とても疲れやすくなりました。
普段の私はというととてもアクティブで、(自分で言っちゃいますがw)仕事もバリバリこなしてきた方です。短時間でたくさんのことをこなす賜物をいただけていると思います。

ところが最近、めっきりたくさんのことができなくなりました。
ちょっと外出するだけで疲れてしまい、あとは何もできない。
ひとつ集中を要する作業をすると、あとはもう集中力が続かない。

この体には今、2人の人間の命が宿っていると思うと、それだけでもう神秘的な響きですが、体力的にはすごくエネルギーをつかうことです。

仕事が計画通りに進まないと、自分はなんてダメなやつだと責めてしまいます。進まないのは自分が体調管理がしっかりできていないからだ、健康関連の仕事をしているのにプロとしてなってない!そんな風に思ってしまいます。

でも、こう思うこと自体、私が「行動すること」を偶像にしている証拠です。
今の世の中は、何でも「やったこと」「達成したこと」で評価されます。
私は、自分をこの世の評価基準に当てはめては、一喜一憂していたのです。

一方でイエスは、私たちが「do」ではなくてただ「be」のままでもいいと言って下さっています。

空の鳥を見なさい。種蒔きもせず、刈り入れもせず、倉に納めることもしません。けれども、あなたがたの天の父がこれを養っていてくださるのです。あなたがたは、鳥よりも、もっとすぐれたものではありませんか。―マタイの福音書6章26節

今この仕事を終わらせられようが終わらせられまいが、私が神様に愛されている存在であることは変わりません。

ただじっとして、神様に心を向ける。賛美する。信頼する。

そんな時間を持つことを、「疲れ」を通して教えられている気がします。
「できないこと」の葛藤を通して、神様と繋がることができます。

そう思うと、神様の力は本当に弱さのうちに現れるのだなと実感します。

しかし、主は、『私の恵みは、あなたに十分である。というのは、わたしの力は、弱さのうちに完全に現れるからである』と言われたのです。ですから、私は、キリストの力が私をおおうために、むしろ大いに喜んで私の弱さを誇りましょう。―第二コリント12章9節

テクノロジーの発展により、私たちは毎日膨大な情報にさらされています。
現代の私たちが1日に触れる情報量は、江戸時代の1年分、平安時代の一生分であると聞いたことがあります。

私たちは、ちょっと時間が空くとスマホに手を伸ばして、ニュースやメールやSNSを見てしまいがちです。
昔ほど、「何もしない」時間を作ることがなくなりました。

でもそれが神様と繋がる時間を阻害し、私たちの心を少しずつ蝕んでいるのです。
私は弱さを通して改めてそれに気づかされました。

これを読んでくださっているあなたも、「do」より「be」の時間、作ってみませんか。
神様は、溢れる情報から目を離し、心を静めるときに、私たちに語り掛けてくださり、新たに力を与えてくださいます。

VISION SUNDAY & 信徒総会 2018

こんにちは! グレースシティのMOMOKOです。

Hello, This is Momoko from Grace City Church Tokyo. English follows after Japanese.

3月18日(日)にグレースシティチャーチのVISION SUNDAYと信徒総会が行われました。

VISION SUNDAYとは、一年に一度、グレースシティチャーチのビジョンについて改めて確認する年に一度の特別礼拝です。礼拝の直後に信徒総会が始まり、2017年に各ミニストリー(働き)がどのように進んだかという報告がされました。

グレースシティチャーチのビジョンを再確認し、現状を見据えて、前年を振り返りつつ、各ミニストリーの担当者から報告を聞き、これからどう進んでいくかを考え、祈る時をもちました。

グレースシティ ビジョン とは?

「キリストの教会であるグレースシティは、東京に恵みの福音を満たすことによって神の栄光をあらわします。そのために個人的な人生の変革、コミュニティの回復、都市の刷新、社会的な必要のために仕えます。」

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今年のVISION SUNDAYは、記念すべき一日であり、牧師の就任式と長老の就職式がありました。

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福田真理先生が、牧師として就任し、長老2名(スティーブ・サックスさん、ジェームス・ライトさん)が就職し、グレースシティチャーチ東京は開拓8年目にしてやっと、独立した一教会として、新しい歩みがスタートしたのです。

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長老の就任をお祝いし、花束贈呈

皆さんもご存知の通り、都心における教会開拓は簡単ではありません。

独立した教会として新しい歩みをスタートしましたが、まだ成長中であり、完全に成熟しているわけではありません。新たなステージの第一歩を踏み出し、これからも都心における更なる必要のために、多くの教会を生み出していかなければなりません。

信徒総会の中では、2017年に各ミニストリーがどのように前進し、発展したかという多くの感謝の報告がありました。

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信徒総会の様子
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セットアップチームの必要を証ししてくださったあきこさん

 

現実的な課題は多々ありますが、働きが大きくなっていけば、必要が増えるのは、当然のこととも言えます。

神は私たち個人を通して、また教会の頭となって働き続けています。

私達ひとりひとりが聖書の御言葉によって日々生かされ、成長し、人生が新しくされる事によって、神の栄光が表れます。

主が私たちに触れて、変えてくださらなければ、都心における良い働きは、何ひとつ前進させることはできません。

信徒総会の中では、グレースシティチャーチが、人生の変革、コミュニティの回復、都市の刷新、社会の必要に応えるべく、様々な試みがされている報告がされました。

一番の課題とされたのが、経済的に自立していく必要があるということです。

これまでは、海外から捧げられた多くの献金によって、グレースシティは支えられてきました。昨年は幕屋プロジェクトによって、会場費が支えられましたが、今後も継続的に必要が満たされる必要があります。

今現在、グレースシティの毎週の必要は50万円です。年間3100万円の必要があります。

都心で礼拝を捧げるために必要な会場費が25万円、それに加えて都心における働きを進めていくために毎週25万円が必要とされています。

今現在、グレースシティ内で捧げられている献金は毎週25万円ほどですが、実際には毎週50万円の必要があるのです。

ぜひ、毎週50万円の必要が満たされるように、祈りに覚えてください。約束献金カードが配布されており、みなさんのご協力を呼びかけられています。

詳しくは Annual Report 2017(年次報告書2017) をご覧ください。

2017年にそれぞれの働きについての報告、また今後の課題が記載されています。

これから、どのように導かれて進んでいけるのかが楽しみです。新しい事を新しい方法で進めてくださる主に期待していきたいです。

みなさまの上に主の豊かな恵みと祝福がありますように!

グレースシティチャーチ東京  献金について

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It was Vision Sunday and our congregational meeting on 18th March 2018.

Vision Sunday is to remind us about Grace City’s Vision, to take a look back on the past year and pray about the way forward over the coming year.

People from each ministry shared their report of 2017 in the congregational meeting.

What is Grace City’s Vision?

As a church of Christ, Grace City glorifies God by filling Tokyo with the Gospel of grace, in order to see peoples’ lives changed, community formed, the city renewed, and society’s needs met.

We have many reports of people making efforts to pursue this vision through various activities.

Vision Sunday this year was a little different from previous years.

We had a ceremony to officially appoint Rev. Makoto Fukuda as Pastor, and elders Steve Sacks and James Wright.

This means that Grace City Church Tokyo has finally become an independent church after 8 years of church planting.

We are still in the process of growing and we are not yet an established church. It’s not that easy to plant an established church in the centre of Tokyo.

This is only the beginning in the new stage of becoming independent and we still need to continue growing towards maturity. We also need to plant new churches to fill the Gospel in central Tokyo and to meet the cities needs.

We have heard a lot of encouraging highlights which we are grateful about, but there are many challenges and things we need to overcome.

I suppose as the church grows in numbers, our needs expand as well.

God works through us as individuals and as the head of the church.

Individuals are touched, live and grow by the word of God, and it renews people’s lives by revealing God’s glory. We cannot pursue God’s work in the centre of Tokyo without ourselves changing through the breath of God.

The finance team shared with us that our financial situation is critical.

Although we need to move towards being independent, we are still depending on overseas donations.

Our worship venue fee was covered by project tabernacle last year, but we continuously fill this need every week.

Our weekly needs are 500,000JPY (250,000 JPY for worship venue and 250,000 JPY to continue each ministry in Tokyo.)

Annual needs are 31 million JPY.

We have been rasing 250,000 JPY weekly but we need another 250,000 JPY per week.

Please pray that our financial needs are filled this year. We have been distributing pledge cards since the congregational meeting.

You can find more details in the Annual Report 2017, and more about each ministry and its needs.

May God Bless you richly with his grace.

Online Giving Information For Grace City Church Tokyo is here

聖書の語る幸福とは?

こんにちは、グレースシティの結実です!

私は2月のメッセージシリーズ「すばらしい知らせ」全体を通して、「幸福感」について考えさせられました。

幸福感というのは人それぞれ感じ方や価値観によって違ってくるところがありますが、クリスチャンになりたての人が勘違いしやすい部分でもあるのかな、とも思います。ということで、今回のブログでは「聖書の語る幸福」について、ヘタな落書きも交えて私なりの解釈を書いてみます。

バプテスマを受けたのに、教会から離れていってしまう人が絶えません。これは、教会に集う仲間として悲しいことですが、本人が実は一番つらいのかもしれません。

離れていってしまう人にも教会に集っている人にも共通して言えることですが、私たちはクリスチャンになる時に、どこか心の奥底でこう期待してしまっているのではないでしょうか。

「クリスチャンになれば人生のすべての問題が解決するはずだ。今よりもっと幸せになれるはずだ。」

だから、何か問題にぶち当たった時に、こう考えてしまいます。

「クリスチャンになったのに!なんで私の人生こんなに問題ばっかり!神様は私の声なんて全然聴いていないんだ・・・。自分自身の未熟さも全く変わってないし。もう嫌!」

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But!!

聖書には、クリスチャンになったら問題はなくなるなんて、ひとっ言も書いていないんです。

むしろ、もっとたくさん困難に遭うと書いてあります。

 

あなたがたは、世にあっては艱難があります。しかし、勇敢でありなさい。わたしはすでに世に勝ったのです。
ヨハネの福音書16章33節

私たちは、何かを手に入れたら、状況が改善したら、初めて幸せになると思いがちです。

「仕事がうまくいったら」「この病気が治ったら」「この人間関係がうまくいったら」「痩せたら」「子供ができたら」「もっと稼げたら」・・・

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そして、クリスチャンになったら、もっと生活が、人生が良くなる、とどこかで期待しているのではないでしょうか。

希望を持つこと自体は悪いことではありません。むしろいいことです。

いつまでも残るものは信仰と希望と愛です。
―第一コリント13章13節

でも、福音が伝えようとしているのは、この世の人間関係や、ステータスやお金などが、私たちの「幸福感」を左右するカナメであるべきではないということです。

それとこれとは分けて考える必要があるのではないでしょうか。

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クリスチャンのスタンスとしては、神様から思いっきり愛を受けているから「基本幸せ!」なのです。イエス・キリストが死んで私たちの罪をあがなって下さって、すでにこの世における罪が許されているので、何事にもゆるがされない幸せが基礎としてあるのです。

これは、私たちが何か欲しかったモノを手に入れたときの「幸福感」とはちょっと違った感覚です。違うレイヤーの幸せなのです。

だから、「救われているはずなのに幸せに感じない」ということで自分を責める必要はないのです。聖書の語る幸福は、感情ではなく、ゆるぎない事実なのですから。あなたが自分の罪を認め、イエス・キリストを救い主だと認めた瞬間に「幸福」はすでに与えられています。

困難があったら誰だって気分が落ち込んだり、嫌な気持ちになったりします。

感情的になってもいいのです。

聖書にも、悲しんだっていいんだって書いてあります。

悲しむものは幸いです。その人たちは慰められるから。
マタイの福音書5章4節

 

ん?で、具体的に聖書の言う幸福感が実感できないんだけど・・・

と思うかもしれませんが、パウロがピリピ人への手紙に書いていることが近いと思います。

私は、どんな境遇にあっても満ち足りることを学びました。私は、貧しさの中にいる道も知っており、豊かさの中にいる道も知っています。飽くことにも飢えることにも、富むことにも乏しいことにも、あらゆる境遇に対処する秘訣を心得ています。私は、私を強くしてくださる方によって、どんなことでもできるのです。
ピリピ人への手紙4章11~13節

何かほしいものが手に入ったときも入らなかったときも、
変わらない愛が神様から与えられている。これが「聖書の語る幸福」です。
この愛があるから、ある意味全ての問題が解決されている。

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でもそれじゃ物足りない(?!)と感じる人のためにも、聖書は私たちのすべきことを、第一テサロニケの5章16~18節でステップバイステップで教えてくれています。

1.いつも喜んでいなさい。
2.絶えず祈りなさい。
3.すべての事について、感謝しなさい。

困難に遭ってる時に喜べるわけないし!と思うかもしれませんが、ここで言っている喜びとは、「選択的喜び」なのではないでしょうか。プレゼントをもらった時などは喜びますよね。これは感情からくる喜びです。これと少し違って、イエス・キリストが私たちの罪を洗い清めてくださった。だから喜ぶことを「選択する」ことができる。

クリスチャンになったはずなのに幸せかどうかわからなくなってしまったという人は、「この世の約束する幸福」と「聖書の語る幸福」の違いをもう一度ふりかえってみませんか。

「聖書の語る幸福」は、置かれた状況にかかわらず、私たちに安心感を与えてくれるものです。私たちはすでに愛されています。主に寄り頼みましょう!